キヨ(0´∇`)

虐待について大人に言いたい事。。。

ニュース

ここ最近仕事が忙しいのと、風邪で体調が悪かったので
なかなか「この事件の事をブログに書きたい」
と思っていても、時間的に厳しく書けなかったのですが
今日は少し時間があるので書こうと思います。

東京都江戸川区の7歳の男児が両親からの虐待で7年の短い生涯を閉じた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100131-00000508-san-soci

このニュースを読んだ時、いや色んな「子供の虐待死」のニュースを
見た時に僕は思う事があります。
虐待する大人よ、虐待するなら其の子供を言葉が悪いけどあえて言う
「捨てよ」施設でもいい「貴方の手元から捨てよ」と。。。。
その方が大人も子供も幸せだぞと。。

何故そう思うかと言えば僕も虐待を受けた子供だからです。
僕の両親は1歳の時に離婚、父親に引き取られるも
男が1歳の乳呑児を抱えて働くのは無理なので
伯母(父の15歳上の姉)に預けられ育てられました。
4歳まで育てられましたが幼い記憶は楽しい思い出ばかりです。
しかし後に判った事ですが父は伯母に僕を育てる為の
生活費を殆ど渡しておらず、4歳の時に金銭的に
行き詰った伯母は僕を、別の伯母(父の8歳上の姉)に
預け働きに出ました。僕はわんわん泣いたのを覚えています。。。

しかし2番目に預けられた伯母も優しく、2歳上のいとこがいたので
其処での生活も楽しいものでした。いとこを「お姉ちゃん」と呼び
いとこが伯母をお母さんと呼んでいたので(当然ですが)僕も
伯母を「お母さん」と呼んでいましたね。

しかし、幼稚園までは伯母の家にいたのですが小学校から
父の家に行く事になりました。理由は「校区」の問題です。
戸籍は父の住所にあるので、父の住所のある校区の小学校に
通わなければならなかったからです。

父の家に行くと再婚していて、その継母から凄まじい虐待を
受けましたね。継母としては当時、父29歳、継母22歳なので
世間的には「新婚夫婦」といえる年代です。其処に小学1年の
邪魔者が現れたという感じだったんでしょうね。。

身体的な暴力もですが精神的な虐待が心を深く深くえぐりましたね。
「友達からの手紙、年賀状を燃やす」「学校からの水栽培の
球根が花をつける寸前でちぎる」、僕に買物行かせ、今は必ず
レシートを渡されますが、当時はレシートが出ない事も
多かったのですが、すると「お前がこの商品を買って来たという
証拠はあるのか、お前が万引きして来て、買物のお金を
盗んで無い証拠を見せろ、出来ないならお金を弁償しろ」
と無茶苦茶な事を言って責める。虐待が酷いので長期の休みは
伯母の家に逃げ帰るのですが学校が始まるので父の家に
行くと「お前が帰って来たおかげで家がつまらなくなった、帰る
途中に事故で死んでくれれば良かったのに」と言われるなど
到底ここに書ききれない数々の虐待を受けましたよ。。

しかし僕は伯母の家で、伯母が夜働いていたので、夜はいとこと
2人です。ストーブなど寝る前の火の始末、戸締りなど子供2人で
留守番をし家の手伝いもしてたので、他の子供よりかなり大人でした。
なので小学生低学年なりに継母に抵抗し言い返してもいました。
お互いが凄まじい怒号で。。。

そんな3年間が続き小学3年生の僕は意を決して児童相談所に
電話を入れました「虐待を受けてると。。」幸い其の時は
小学生の僕と継母の怒号、僕を木刀やゴムホースで殴るなどの
近所の人の目撃もあり、かなり前から近所の人からも
通報があっていた事実も判明しました。。

伯母も休みのたびに伯母の家に帰って来る事、などから
虐待に気付いてくれ、再び引き取ってくれました。

僕はこうして運良く継母からの虐待から逃れた訳ですが
大人が子供を木刀で殴る訳ですから、頭や脊髄など
打ち所が悪ければ死ぬ事されあるでしょう。。。
僕の場合運が良かっただけかもしれません。。

だから、あえて言うんです僕は、言葉は悪いですが。。
「子供も虐待してる大人の方、其の子供を自分の
手元から捨てて下さい。施設でいいですので。殺したら
貴方も犯罪者、子供の未来も奪います。」

  • 黒猫手毬

    黒猫手毬

    2010/02/14 01:48:59

    こんばんは。

    他の方のブログで、とても明解なコメントされていました。
    感情的に流されず、客観的にご自分の体験を交えておられたので
    感嘆いたしました。

    わたし自身は肉体的にはなく、精神的なものでした。
    それも虐待かどうか、線引きは難しいかもしれません。
    父が母を殴っていた環境でした。その関係も複雑なものでした。
    十代半ばあたりで、父を置いて家を出ました。

    わたしが訪問するニコの中にも、現在、虐待による後遺症で
    精神的に苦しんでいる人が何人かおられます。

    伯母さんがおられたせいもあるのでしょうし、わたしもその後を人生を
    自分の力で頑張れる選択肢を持てたので、ちゃんとここにいるのだと
    思います。

    何が間違っているのか、卑下もせず、現実を受け止めることができる
    それが、いつか、なにをきっかけなのか、が、大きな影響を及ぼしてくるでしょうね。
    本人の資質もあるけれど、運もあるかもしれませんね。

    児童相談書に通報するという賭けに出る判断が持てるか
    ここで覆される可能性もある訳です。
    でも、本当によかった。。

    傷がないことなないでしょうが、過去にしてしまっている記憶の数々を
    掘り起こしてくるのは、犠牲者が、あまりにも幼い子供たちが
    痛ましい死を遂げてしまう事件でしょうね。

  • たろさん

    たろさん

    2010/02/03 03:05:27

    私も虐待なんてするならどこでもいいからそういう施設に預ければいいのに、と思っていました。
    私みたいな部外者というか、話を聞いただけの人間が軽く言うのは簡単なんでしょうけどね…
    虐待なんてしても、自分も子供も苦しむことになるのに。
    「捨てよ」なんて冷たく言っているように聞こえますけど、私には「開放してあげて」と聞こえてきます。
    難しいですけど、そういう事件がすこしでもなくなるといいですよね…

  • アズ

    アズ

    2010/02/01 21:46:17

    「捨てよ」という言葉は表面的には冷たい言葉だけれど、
    色々なことを経験してきたキヨさんが言う「捨てよ」には
    悲しい だけどそれだけではなく、暖かい気持ちが込められているのですね。

  • 明太子次郎

    明太子次郎

    2010/02/01 09:27:12

    拝読☆