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ラト

なに描こか?なに伝えよか?

冬の朝顔 佐奈 3

自作小説

 あの後、どう時間を過ごしたのか、佐奈の記憶はあいまいだ。
タクシーをひろって、繁華街へでた。

目に付いた映画館で映画を見た。内容はさっぱり覚えていない。
とにかく、一人になりたかった。
映画館の暗闇は、泣き顔を優しく隠してくれた。

何軒もの居酒屋をはしごして、自宅へ帰り着いたのは真夜中だった。
そのまま、倒れこむように眠ってしまった。
眠って眠って起きたのが、12時過ぎ。
無断早退と無断欠勤、こんな事は入社以来初めてだった。
職場放棄をして行方不明になっているから、大騒ぎになっているはずだ。
なのに、会社からは誰も訪ねてこない。

(どうせ、会社にとって、私の存在はこんなもんなんやわ)

佐奈の携帯は着信履歴と、メールの数がありえないほどになっていた。
全部、同僚の事務社員からだろう。
昨夜のうちに、電話のコードは引き抜いてしまったからこちらは静かなものだ。
佐奈は携帯の電源も切ってしまった。
メールの確認すらする気がしなかった。

「はあ、ほんま、どうでもええわ」


頭が痛むし、喉が異常に渇く。気分も優れない。
たくさんお酒を飲みすぎたから、胃も痛む。
最初思っていたよりも、強烈な二日酔いだ。
服を片付けたあと、まず水分を取ろうと考えて、佐奈は冷蔵庫の方に歩み寄った。
胃が痛むからポカリよりも牛乳を飲んだほうがいい、そう考えて冷蔵庫のドアに手をかけたとき、
それがふわりと佐奈の目前に舞い落ちてきた。

それは一枚の葉書だった。
一昨日、郵便受けに入っていたものだ。
内容を確かめもせず、冷蔵庫のドアにマグネットで留めていた葉書だ。
反射的に受け止めて、佐奈は表書きを見つめた。
一瞬、どきりとした。時が止まるかとも思った。
見覚えのある字だった。
右上がりのやや丸みを帯びた字は、自分から音信不通を貫く親友、松村珠生のものだった。

「珠生?」

『冬に咲く朝顔ってかっこええやん!私もそんなんになりたいわ』

まるで耳元でささやかれたような気がして、佐奈は後ろを振り返った。
誰もいるはずはないのに、誰かが立っているような気がした。

「珠生なん?」

答えがあるはずはない。
珠生がいるのは東京の空の下だ。
震える手で葉書を裏返すと、青紫の小さな花の写真がプリントされ、一言だけ書き添えられていた。

『冬の朝顔』と。

プリントされた花は、確かに朝顔の花だった。
夏に咲く鮮やかな朝顔と比べると、小さくて儚げな花だけど間違いなく朝顔だ。
花の後ろに写っている葉や茎は、ところどころ枯れている。
それでも、朝顔の花は力強く咲いていた。
小さな花だけど、間違いなく冬の朝顔だ。

「珠生、連絡くれたってことは、夢がかなったん?」

貴重な宝物を持つように、佐奈は葉書を両手で握りしめた。
彼女に会いたいと、素直に思えた。

佐奈にとって今は、精神的に最も落ち込んでいる時だ。
この時、このタイミングでこの葉書が降ってきたのは、きっと何かの徴に違いない。
佐奈にはそう感じられた。
佐奈は葉書を握り締めたまま、その場に立ち尽くした。
涙が一筋、頬をつたって朝顔の花に降り注いだ。

幾度もなるインターホンの音に佐奈が気付いたのは、しばらくしてからだった。

  • ラト

    ラト

    2010/05/07 21:19:16

    たかりんさま
    このお話も続きます。
    北の少年よりは短いけど、ご贔屓に^^

  • たかりん

    たかりん

    2010/05/07 21:09:03

    冬の朝顔…素敵だね。
    素敵な話だね~♪

    そしてバカ部長も遂に悔い改める日がやってきたよねw

  • ラト

    ラト

    2010/05/05 11:27:21

    だあくさま
    咲きました。
    3人、それぞれの花が咲く予定です。

  • だあく

    だあく

    2010/05/05 10:13:53

    冬の朝顔 咲いたんですね^^ よかった~
    誰がきたの??