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ラト

なに描こか?なに伝えよか?

冬の朝顔 2 緑と正人 ③

自作小説

緑が妊娠したと知った時の、正人の表情は複雑なものだった。
最初は信じられないと驚き、本当かと歓び、最後には心配そうな顔つきになった。

「どうしたん、嬉しくないの?」
「いや、そんなことない。嬉しいにきまってるやん」

正人は思いなおしたように、にっこりと笑って緑をそっと抱きしめた。
まるで繊細なガラス細工に触れるような、柔らかな抱擁だった。

「緑、君が僕に新しい家族を与えてくれるんやな。大丈夫・・・愛せるよな」

この時の言葉は、天涯孤独と言ってもいい正人の喜びの言葉だと、そのときは思った。

(今、思ったら、あの言葉はおかしかった)

アイセルヨナ・・・、まるで新しい家族を愛する自信がないような言葉だ。
今の状況を考えると、緑にはそう思えてならない。
この後から、正人は壊れ物を扱うように緑に接してきた。
最初は妊娠した緑のことを、気遣ってくれているのだろうと思った。
ところが、美里が誕生してからは、それこそ、緑と美里を避けるような暮らしぶりだ。
それがますます激しくなって、美里の夜泣きが始まった。
美里の夜泣きで、正人が怒り、さらに2人を避けるようになる。
悪循環の繰り返しだ。

ただ、怒りながらも正人の視線は哀しげで、本人が自分の言葉に傷ついているようだった。
緑はその様子が気にかかって、仕方なかった。
彼のこの態度には、きっと理由がある。
そう思えてならない。
佐奈にこのことを相談したかったけれど、子供のできない彼女に育児や家庭の悩みを相談するのは、
悪いような後ろめたいような気もした。
母にも相談できずに、緑はずっと1人で悩んできたのだ。

(こんな生活、絶対にようないわ)

美里にも緑にも、そして正人にだって。
緑は決心した。

(朝になったら、はっきり正人に聞こう。どうして私を避けるの?って)

「美里は泣き止んだようやな」

  
正人はそうつぶやいて、握り締めたこぶしから力を抜いた。
寝ていると思われていた正人だが、仕事え終えて自宅に帰り着いてから今まで、全く眠れずにいたのだ。
自宅に帰ったら、緑が美里を抱いて出迎えてくれた。
その姿があまりに眩しくて、正人は目をそらせてしまった。

緑はその様子に表情をくもらせ、「お帰りなさい」と小さくつぶやいた。

「・・・寝る」

罪悪感にかられ、正人はそれだけ言って、いまや自室と変わらない寝室に閉じこもった。
緑に触れたかった。美里をこの手に抱きたかった。
でも、どうしてもできない。

「僕には幸せになる資格はないんや」

握ったこぶしを見つめ、彼は力なくつぶやいた。

正人の両親と妹が死んだのは、正人が5歳の時だった。
正人は両親の間に遅くに生まれた1人息子で、それは甘やかされて育った。
そのため5歳の誕生日を迎える頃には、お山の大将的なな我侭な子供になっていた。
自分の思い通りにならないと、泣いて泣いて手がつけられない。
母親は奴隷のように、幼児の我侭に従った。
父親も育児は母親任せで、だれもこの状態を正そうとはしなかった。

そんな時、正人の妹が誕生したのだ。
自分が王様だった小さな世界に、突然現れた侵略者。
いつも泣き喚く醜い生き物。
自分ひとりの物だった母親を奪った『妹』という存在。

『もうお兄ちゃんなんやから、我侭はあかんの!』

何でもいう事を聞いてくれた母は、こういって正人を叱るようになった。
初めてできた娘の存在に、父親は夢中になっていた。
今まで何も言わなかった父も、正人が悪い事をするとこう叱りつけるようになった。

『もう、お兄ちゃんなんやから、しっかりせんかい!』

小さな暴君の小さな世界の変容は、幼い正人にとって大きな衝撃となった。

(パパもママも、もう僕のことなんかどうでもええんや!)

そう考えるようになった正人は、これまでとは別人のように大人しい子供になった。
『お兄ちゃん』らしく、聞き分けのよい正人に両親は安堵したものだ。
大人しい正人の心の中には、赤ん坊の『妹』に対する憎しみが育っていた。
幸いだったのは、『妹』の存在に直接危害を加えようとする衝動が、正人になかったことだ。
ただ心の中で、いなくなればいい、そう思い続けていた。
思い続けた結果、
その願いは何者かが叶えてくれた。
ある日の真夜中、妹は高熱によるひきつけをおこした。
両親は正人を残して妹を病院へ連れて行くため、車で出かけていった。
そして二度と帰ってこなかった。交通事故だった。
正人の願いを叶えてくれた何者かは、一緒に両親も奪っていったのだ。
正人の王国は終焉を迎えた。自分の理不尽な願いのせいで。

  • ラト

    ラト

    2010/05/14 21:33:40

    たかりんさま
    辛い過去は、なかなか乗る越えにくいものかもしれない。
    それは切ないですね。

  • たかりん

    たかりん

    2010/05/14 21:13:14

    ②から続けて読みました。

    緑も辛いけど、正人はさらに辛かったんだね!
    本来優しい彼が自分をコントロールできなくなる程のつらい過去。
    すごく切ないです!

  • ラト

    ラト

    2010/05/12 10:28:18

    だあくさま
    そうそう、そんな感じです。
    最初から性格も行動もキャラに主導権があるみたいな…
    自分の一部のはずなんやけどなあ?

  • だあく

    だあく

    2010/05/12 09:01:52

    自分の中で キャラが勝手に動き出す・・・ って感じでしょうか^^
    不思議な経験なんでしょうね~~

  • ラト

    ラト

    2010/05/10 11:32:31

    だあくさま
    正人は不思議なキャラでした。
    名前はこれ、過去はこうと自分で指定して、話を勝手に進めます。
    話をいろいろ書いていると、たまにこんなキャラが現れます。
    自分の思う結末と、彼の語る結末をあわせるのは、かなり苦しみました。

  • だあく

    だあく

    2010/05/10 10:45:06

    抱きしめたいのに・・・ 愛したいのに・・・
    愛してるのに その方法が分からない・・・
    資格がない

    早く この正人さんの思いを 緑さんが知って
    乗り越えますように○o。..:*・(uωu人)