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ラト

なに描こか?なに伝えよか?

冬の朝顔 2 緑と正人 ④

自作小説

この事実は幼い正人の心に、大きな傷跡と暗い影を残した。
家族を失った正人を引き取ったのは、年の離れた従兄だった。
正人の両親はどちらも親戚が少なく、もっとも近い親戚は彼しかいなかった。
正人の従兄はまだ独身であったが、家族を失って呆然としている5歳の幼児を暖かく迎え入れた。
彼自身も天涯孤独といっていい身の上だったので、同じような身の上の幼児を実の弟のように扱った。
それが良かったのか、正人は少しずつ人間らしさを取り戻していった。
だが。
自分が願えば、全ては失われてしまう。
自分は幸せになってはいけない。願ってはいけない。
成長するにつれ、正人はそう考えるようになった。
誰に対しても誠実に、親切に。
友人は多かったし、周囲のだれからも信頼された。
人当たりのよい正人の心の中に、大きな壁が存在していたのだ。
その壁を突き崩して、彼の心に触れてきたのは緑の存在だった。
一目で彼女に恋をした。
彼女を見るたびに、そばにいたい、一緒に時をすごしたいと願った。
強くその願いを否定しても、もうどうしようもないほど思いが溢れてくる。
だから、緑と恋人同士になって同じ時を過ごした3年間は、正人の人生で最も幸せな時だった。

結婚して、緑から妊娠を告げられた時、正人は愕然とした。
そうだ、結婚すれば子供ができる。
そんな当たり前のことに、今頃気がつくなんて。
赤ん坊のことで、連想するのは妹だ。

シブンガネガエバスベテウシナワレル。

嫌だ!
それだけは、緑と美里を失うのだけは、絶対嫌だ。
失うぐらいなら、まだ憎まれたほうがいい。
その方がずっとましだ。
正人はそう考え、いつのまにか緑や美里と距離を置くようになった。
緑に冷たい態度をとるようになった。
触れてはいけない、愛してはいけない。そうしたら、全てを失ってしまう。
再びできてしまった正人の壁を突き破るのは、やはり緑の存在だった。
一睡もできずに朝を向かえた正人の耳に、緑の声が聞こえてきた。

「はい、そうなんです。昨日から高熱がありまして・・・はい、はい、申し訳ありません。
 今日は休みを頂戴いたします。よろしくお願いします」

緑が会社に電話をかけている声だ。

「なにをしてるんや」

寝室のドアを開けた正人と電話をかけ終えた緑は、廊下で対峙した

「正人、今日ははっきりさせるで!」

緑の目はまっすぐに正人の目を見据えていた。


「緑!なに、、勝手な事してるんや!」

「勝手?勝手ってなんやの!」

緑はいきなり正人の胸倉をつかんで、自分の方へ引き寄せた。

「もう、黙ってるのも、悩むんもやめたんや!正人!」
「!」
「私と美里をさけるのはなんで?」

思わぬ緑の行動と、たたみかけるような彼女の話し方に、正人の頭は真っ白になっていた。
愛する人のストレートな質問は、正人の心の壁を打ち破って最も深いところに届いた。
正人は素直に答えていた。
長らく隠していた本心をさらけだした。

「失いたくないから。それぐらいやったら、憎まれたほうがええ」
「なんで?」
「僕は幸せを願ったらあかんのや」

一度話し出したら、その後はするすると言葉が流れ出た。
両親の事、妹の事、妹を憎んだ事。
そして、願った結果の事。
長い長い物語だった。
緑は何も言わず正人の話を聞いていた。
いつの間にか、床に座り込んでいた正人のそばに座り込み,そっと彼に寄り添っていた。

「だから、僕は幸せを願ったらあかんねん。幸せを願ったら・・・」
「あほやなあ」

緑は話し終えた正人を、そっと両の手で抱きしめた。
それは、恋人の、妻の、母の、あるいは姉や妹からの、女性から男性へ贈る抱擁の全ての形のようだった。

「そんなのどうってことないやん、私と美里はどこもいかへん。どっかいけゆうたって、離れへん・・・そんなことも解らへんの?私と美里、それから正人。私ら家族やんか!」
「ほんまに?」
「ほんま。私は嘘は嫌いやで」

両の手のひらで正人の頬を包み込み、そっと彼の瞳を覗き込んだ。
どうかこの言葉が正人に届きますように。
佐奈、珠生、どうか私に力を貸してと願いながら。

「朝顔は夏の花やけど、ちゃんと育てたら冬にも咲くんよ」

正人は視線をそらさずに、彼女の話を聞いていた。

「私は貴方と冬の朝顔を育てたい。冬の朝顔を咲かせたい。そう思ってるんよ

  • ラト

    ラト

    2010/05/12 10:58:42

    だあくさま
    緑の言葉が届いたはずですから、大丈夫だと思います。

  • だあく

    だあく

    2010/05/12 09:33:11

    緑さん ちゃんと届いてよかった^^
    これで 正人さんは 大丈夫ですね^^ きっと

  • ラト

    ラト

    2010/05/11 23:23:32

    シンさま
    どうぞ^^;
    思いっきし泣いてください。

  • シン

    シン

    2010/05/11 22:08:40

    泣いていい^^;?