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ラト

なに描こか?なに伝えよか?

冬の朝顔 3 珠生 ②

自作小説


出版社との打ち合わせが終わって、自宅のマンションに帰り着いた珠生を待っていたのは、留守番電話のメッセージだった。
数日前に原稿を持ち込んだ、とある出版社の担当編集者からの電話だ。

『貴方が持ち込んだ作品の掲載が決まりました。このまま、短期集中連載の予定ですから、同ページ数であと3本、ネームを起こしてください。とりあえずは一度お電話していただけますか?』
 
「うそやろう?」

珠生は今聞いた留守電の内容が信じられなくて、幾度もそのメッセージを繰り返し聞いてみた。
この出版社は、小さな出版社だ。
だが、実験的な作品や良質のファンタジーやSF漫画を掲載する、今時珍しい出版社だ。
珠生が本当に描きたいのは、地に足のついたファンタジー漫画だった。

現在から異世界に飛んで、華麗に戦って、美しいお姫様と恋をして、世界を救って勇者になる。
どこのゲームのRPGというような、そんなファンタジーは描きたくはない。
等身大の登場人物が、泣いて、笑って、悩んで成長していく、そんな話が描きたかった。
他の出版社なら没にされる事まちがい無しの作品を、掲載してくれる。
その上。短期集中連載までだなんて。

とてもすぐには、信じられない話だった。
夢の中にいるような心持ちで、先日もらった名刺の電話番号に携帯から電話してみた。
相手の編集者は、珠生の電話を待ちかねていたようだ。

「編集会議で、貴方の作品が随分評判になってね、即掲載が決まったんです。どうですか?スケジュールの調整がつくのなら、すぐにネームを起こしてください」
「はい、解りました。大丈夫です。直ぐに描きます。ありがとうございます」
「それはよかった。お待ちしてますからね」

話し終わった後、珠生はもう一度夢じゃないことを確かめるため、自分の頬をつねってみた。
痛かった。
涙がにじむほど痛かった。
夢じゃない。本当に、夢じゃない。

「やったー!佐奈、緑、とうとう描きたいもんが雑誌に載るんやわ!」

上京5年目で、やっと親友たちと連絡が取れそうだ。
長い5年間の沈黙を、やっと破ることができる。

それからの3日間、珠生は目まぐるしい生活を送った。
食べていくためのプロの漫画家のアシスタント作業、細かいイラストやカット描きの仕事。
その合間を縫って、漫画のネームを書き溜める。
寝る間を惜しんでの作業は疲労困憊したけれど、今までにない充実感があった。
ネームをパソコンに取り込んで送信し、幾度か出版社に足を運んだ。
担当編集者と入念に打ち合わせの後、珠生はいよいよ原稿に取り掛かった。

最近はデジタルで漫画を描く人も増えてきた。
原稿に登場人物のペン入れをしただけで、背景やトーンは原稿を取り込んだパソコンの画面上で貼り付けるのだ。
この方が早いし、人手もかからない。l
だが、珠生はあくまでも旧式の描き方にこだわった。
画面の隅々まで、自分の手で仕上げたかった。
特に今描いている作品はそうだった。
佐奈と緑と、それから珠生3人の朝顔のエピソードを膨らませた、大切な作品だから。
この作品を仕上げるため、珠生は全ての仕事を断って全身全霊を込めて取り組んだ。
どんな細かい作業も、手を抜く事は一切なかった。
妥協ずることなく、魂を削るような思いをして原稿を描き終えたのは、もう12月の事だった。

  • ラト

    ラト

    2010/05/16 19:42:51

    だあくさま
    ほんとに描きたいものを描けるのは、漫画家の最高の幸せと、
    昔、知人の漫画家は話してました。
    ほんまにそうやと思います。

  • だあく

    だあく

    2010/05/16 18:45:40

    自分が本当にやりたい事を認めてくれる
    そんな 出版社との出会い よかったですね^^

  • ラト

    ラト

    2010/05/16 07:57:56

    シンさま
    大丈夫、なりませんってw
    この先はお楽しみということでご容赦を^^;

  • シン

    シン

    2010/05/16 07:17:05

    全身全霊で書き上げた作品だから
    「ボツ」というオチにはならないよね><

    3人の線が交わるまで、あと○日 という感じかな...^^