現代版・竹取物語(中編)
二十年という歳月は沖菜夫妻にとってはあっという間のことだった。
竹林で見つけた赤ん坊に二人は月代と名づけた。年齢的なことを考えると、親子では無理があるので祖父母にした。幸い住んでいる地域には民家が少ないうえに、家族構成まで近所の人間には詳しく知られていなかったため、娘夫婦の都合で孫を長期間預かることになったといえば怪しまれることもなかった。
月代には本当のことを伝えようとしたが言えなかった。というよりも、月代は薄々とだが気づいているような素振りを見せており、三人の中ではわかっていても触れてはならない暗黙の領域がいつの間にか出来ていた。
それでも幸せだった。実際のところ捨て子を警察に届けず黙って育てなくても、二人で育てようと思えばその手続きはそう難しいものではないらしいのだが、手放したくない一心だった二人は人生の全てといってもいいくらい月代を溺愛した。なんとか学校に通えるようにした後は、運動会に三割程しか機能を使えないのに最新式のデジカメを片手に応援をしに行き翌日には右足を肉離れになったこともあった。食事にしても月代の好きなものを中心にしていき、弁当にしても70歳の陽子はキャラ弁に挑戦した。
こうしてかなり甘やかした親バカの二人だったが、月代は我儘にならずそれどころかとても純粋で素直に育った。
そんなふうに性格がいいのなら、月代は容姿も絶世の美女といえるほど美しかった。芸能事務所からスカウトが来るくらいだ。が、そのような誘いは全て断った。月代が乗り気でなかったこともあったが、陽子が猛反対したのだ。理由は簡単だった。売れたらでかいが安定がない芸能界に入れるのは抵抗があり、仮に売れたとしても、といっても二人は月代が一番だと思っているので成功すると信じているのだが、不規則な生活とストレスやストーカーに悩まされるかもしれないと考えると耐えられなかったのだ。
というように束縛まで強くなっている一方、さすがに二人はいつかはくる月代の幸せのことを考えていた。それは結婚だった。いつまでも年老いた二人の面倒を見させるわけにはいかないし、死んだ後は一人になってしまう。
しかし、その心配が一気に吹っ飛ぶような出来事が起こった。
散歩から武雄が戻ると家の前に見慣れない場違いな高級車が停まっているのが見えた。世界に数台しかない型のベンツにフェラーリ、トヨタ2000GTの前期であり、自動車の情報に詳しくなくてもかなりの代物だとわかった。
武雄は何事かと思い急いで家に入った。玄関にはこれまた高そうな靴が並んでおり、陽子が早く客間に行ってくれと言った。
客間には三人の男がいた。話を簡単に聞く限りでは、どうやら月代に結婚を前提とした交際を申し込みに来たらしい。武雄はどこで月代と出会ったのかを訊くと、三人は一目惚れなのだと説明した。
武雄は三人を追い出そうとした。一目惚れなどで結婚を前提とした交際を申し込もうと家まで押しかけてくるのは非常識極まりないと思ったからだ。
そんな武雄を月代が止めた。
月代は三人の話を聞く限りでは悪い人ではないのだから、話を訊くだけ聞いてみようと言ったのだ。
月代のいうことは絶対の武雄は了解し、一人ずつ面接することにした。
一人目は画家であり、世界中で活躍しているらしく有名な人物だった。だが、自慢が激しく訊いてもいないのに評論家からは『ゴーギャンの再来』と言われていることなどの自慢を延々としていた。女性関係も派手らしいため印象は最悪だった。
二人目はIT企業の社長であり、アメリカ人だった。神秘的な美しさを持つ月代を見て一瞬で心を奪われたと流暢な日本語で言い、社長婦人になってくれと土下座までしてきた。武雄はたじろいだが、その一方この男にも欠点があることに気づいた。男の会社には黒い噂があることを思い出したうえに、博打好きだということを知ったのだ。
三人目は老舗の呉服問屋の若旦那だった。落語のように道端で一目惚れをし恋煩いなった後に思い切って告白をしにきたのだという。三人の中では一番まともそうだったが、どうやらマザコンであり、もしも月代が嫁いだのなら姑との関係など大変なことは多いと容易に想像ついた。
武雄は諦めるのが懸命だと思った。が、月代はそうではなかった。思い切ってここまで来て頂いた方を無下にはできないと言い、ある条件を満たせば結婚をすると宣言したのだ。三人は騒然とし、武雄は本当にそれでいいのかと言ったが、月代はこれでいいのだと頷いた。
早速、その条件というものが三人に伝えられた。条件は指定されたものを一週間以内にこの家まで持ってくることであり、一番早かった人と結婚するのだった。もちろん、期限までに誰もこなかったり、持って来ても偽物や本物と証明できない場合は誰とも結婚はしなかった。
こうして、ふって沸いた結婚騒動はどうなるのか。月代の秘密も含めた後編に続く。