銀の月が欠ける日常

なんてことはない日常と愚痴を連ねるところ。
銀とかバイクとか、あとゲームとか珈琲とか?

我は蜂起せり (職場の話です)

日記

期は熟した!
水面下で動き、賛同する同士を集め、ついに具体的な行動指針が纏まった。

我は、わが職場と我が科の科長に対して運営方針に対する異を唱え、更なる業務体制の改善と、組織化を図っていく!!

事の顛末

2009年
5月12日:新病院設立のため、電子カルテ調整要因として医療技術職としての現場を離れ
       事務作業に従事 (私)
6月    :大枠で運営方針が固まるも、科長は院長の怒りを買い、同グループの主軸病
       院から、新病院への移動が許されず。 にも拘らず新病院のスタッフからは
       科長宛にどうしようもないSOSが立て続き、科長腐る。
7月    :病院開設
       病院各課の組織図すらない有様。稼動と共に様々な議論不足が露呈。
       科長の不在により主任が一手に責任を背負うが、現場離れ、意見交換が成
       り立たず、主任孤立。スタッフの8割と対立関係。(私を含む数名が中立)
       浩:十二指腸潰瘍・イボ痔発症(ぁ
10月   :対立関係の筆頭にあった職員2名が痺れを切らし退職。
       良くも悪くも大半のスタッフを纏め上げていたスタッフが抜けたため、対立側
       は多数派にも関わらず沈黙。事なかれ主義派となりながらも不満を募らせる。
12月   :科長の移動が認められる。科内整理に期待がかかる。
       ものの、たいした成果も無く……
2010年
4月    :医療法改正と共に365日勤務がほぼ強制化となる。体制が整わないため、秋
       を目処に体制を整える方針を打ち出す。
5月    :↑の話があったものの、上層部からの圧力により、前倒し。同曜日フル勤務
6月    :7月からの365日体制を念頭に動きだすも科内整理が一切進まないこと
       や、他の病院から引き抜いたスタッフからの問題提起が相次ぐものの、科長
       直接申し出られる者がいない。

私は就職3年目、新人という肩書きが外れる年、最も経験を固めなくてはいけない時期に病院開設という大役を仰せつかりました。雑用という位置づけではありながらも名誉であることでもありました。私はきっと後輩に指導したり上に立つにあたり、最も勉強しなければならないその時期を犠牲にして病院開設のオープングスタッフとして従事することを選びました。

だからこそ、今の環境が許せない。

至らない点が多くあったことは認めざるおえません。開設当初のごたごたを見ても議論不足、準備不足の要因は私にもありました。
自責の念もあり、1月くらいまでは毎日4~7時間のサービス残業を重ねて体制整理に勤めました。
それでも環境が悪い、体制がひどいと、離職者が絶えません。
役職も無い、新米の私に通常であれば負わせられるはずもない責任を負わされ、院長には殴られもしながら勤めた私は知らずにのうちに溜め込んでいたものがあったようです。

今日、他の病院から移ってきた一人のスタッフ(ずっと年上で経験も豊富な方です)が私に胸のうちを明かしてくれました。
今の科にある問題を提起し、どうすれば言いかを真剣に相談してくださいました。
私は、その全てに回答することが出来ました。
ええ、出来たのです。


何をやっているんでしょうね?問題すら把握していなかったことを思い知らされました。
他の病院を見てきたスタッフの意見が新鮮であると共に、そんな簡単なことも見落としていたという思いが募りました。

もう、科長にも。他科の役職者にも、勿論これまで問題を意識しながらも対策を立てられなかった私自身にも一切容赦は致しません。

事務長と総務課の係長は仲間に引き込みました。
科長へ、科内と病院内の運営体制の問題を提起し、科としての明確な運営方針の一例を提示すべく、上申書の作製に着手することを決意しました。

平社員の私ですが、開設に携わったこともあり、各課へのコネクションは科長以上にもっています。

言いたいこともいえなず、不満を募らせる科内の仲間のため、患者様への医療提供体制の改革のため、病院を存続させる収支問題や、新人教育体制も含めて、全てを暴き出してやります。

私にはそれが出来る科長並みのコネクションと、平社員という自由に動けるポジションがあります。

むろん、失敗すれば首を切られたり、干される可能性がある行動ですが……

ここまで携わった病院と患者様の医療の質を守るため、準備を整えました。
ここで砕けるなら私はここまでの覚悟で挑みます。

今日はちょっとした決意表明でした。
久々に治療以外の使命感というものが首をもたげてきたようです。

あまり私は使わない言葉ですが・・・
この問題ばかりは「死ぬ気で挑んでも良いかな」と本気でおもえているので・・・・・・
悪いですが、一時的にでも、科長には私の手駒として動いていただきますよ・・・・・・


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