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ラト

なに描こか?なに伝えよか?

北の少年外伝 雨の日の出来事 2

自作小説

声から解るのは、年配の男性だということだけだ。
カイルは全身の毛を逆立て、まるでジェンを背中を守ろうとするかのように、彼女の背後に飛び移った。
ジェンも気配すらしない声の主を確かめようと、さっと後ろを振り向いた。
だが、そこには誰もいなかった。
灯りは小さなカンテラだけ。
見えるのはその明かりに照らされた、大きな楓のシルエットだけだ。
「ここだよ。嬢ちゃん」
ついさっき、背後から聞こえた声は、今度は前方から聞こえてきた。
雨音だけが聞こえる闇のなかから、その声は聞こえた。
「誰だ!」
ジェンが腰の剣に手をかけ鋭く誰何すると、声の主は含み笑いをもらした。
「脅かしてすまないな。あまりにいい香りがしたので、ついね」
声の主がゆっくりとカンテラの灯りが届く範囲に、その姿を現した。
彼は、60歳前後の老人だった。
白髪に、皺深い顔に髭をたくわえ、炯々と光る水色の目が印象的だ。
古びた金属製の鎖帷子と長剣で武装している。
なのに何の音もしないし、気配もない。
明らかに異常だった。
この人物が何者なのか、ジェンには解らない。
彼がこの世に属する者でないことだけは、彼女にも理解出来た。
魔法が存在し、神々ですら実在するこの世で、少々の不思議にあっても必要以上に恐怖を覚えたりはしない。
ただ、警戒は怠れない。
害意を持たないとはいえないからだ。
「何のようだ」
警戒をしたまま、ジェンは質問を続ける。
傍らではカイルが油断なく身構えて、相手の動きにあわせて攻撃できるように姿勢を低くしていた。
「なに、その酒を少し分けて欲しいだけだ。その香りは、トーナの林檎の蒸留酒だろう?」
声の主はそういって、口の端にかすかな微笑を浮かべた。
「わしはトーナの騎士でな、長いあいだ、故郷から離れていたのだ。懐かしさのあまり、つい嬢ちゃんに声をかけてしまった」
老人の言葉に嘘はないようだった。
彼の言葉には真実の響きが伺えた。
最初にジェンが、ついでカイルが、警戒をといた。
「その香り、その壷、まさしくトーナの林檎の蒸留酒。口に含んだら、爽やかな酸味と、林檎の甘みがある。懐かしい、とても懐かしい。そもそもわしの国トーナは、いろんな酒の名産地だが、なかでも素晴らしいのが、林檎の蒸留酒だ・・・」
老人は自分の声に酔ったように、目を閉じて酒について話続けている。
その話を聞いているうちに、なにやら警戒しているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。