あなたが落としたのは
この金の斧ですか？

泉の女神は今日も訊く
泉に斧を落とした哀れなきこりに


きこりは目を丸くして
キラキラと光る金の斧を見る

ごくりとつばを飲み込み
次の一言を口に出そうとする


この男も嘘つきか

じっときこりを見つめ
次の一言を待つ


きこりは言った
それは自分のものだと
あまりに眩しくて手元が狂い
泉に滑り落ちてしまったのだと


ああ　やっぱり

女神は冷ややかな目と声で言う
嘘つきなあなたに
あげるものは何もありません


それだけ言うと
きこりの目の前から消えた

もうそれ以上
嘘つきの顔なんて見ていたくなかった


嘘つきばかりで もううんざり

この世界には
正直者なんていないのだろうか



遠い昔のことを思い出す
まだ女神ではなかったころ

愛した人との幸せな時
その人に嘘をつかれた時の悲しさ


その時から
嘘つきがなによりも嫌いになった

その時から
もう人として生きてはいなかった


泉に縛られる女神


もう何年経ったのだろうか

泉の近くで芽吹いた種は
落ち葉を散らして泉を彩る
立派な木になっていた


そんな木を切り出しに
ときおり きこりがやって来て
その中の運の悪い者たちが
斧を泉に落としていった

斧を落とすと
彼らは決まって
ひどく悲しそうにする


だから
彼らの落とした斧を拾った

そのまま水面に出る途中
ふと思った

もしこの斧の落とし主が嘘つきだったら
嘘つきなんて助けたくない


考えた
どうすれば相手が嘘つきではないと分かるか

考える時間はそんなにいらなかった
もっと上等なものを見せればいい

彼が自分より綺麗な女を見たときのように


きこりの斧を新品の金の斧に変え
きこりの前に現れた

きこりは驚き
そんな斧は自分のものではない
と言った


思い出した
とびきり綺麗な女には
面食らって近付きもしなかった彼が

自分より綺麗でも
とびきり綺麗ではない女には
進んで近付いていったことを


斧を銀の斧に変え
再びきこりに訊いた

あなたが落としたのは
この銀の斧ですか


きこりは何かに気付いたような顔をした
そして言った

そうだと
それが自分の斧だと


女神は冷ややかに笑った
そうなのだ
人というのはそういうものなのだ


そして言った

嘘つきなあなたに
あげるものは何もありませんと



そのうち
泉の女神が落とした斧を
金や銀の斧にして渡してくれる
とかいう話が広まった

斧をわざと泉に落とすものが増え
泉の底にはいくつもの斧が積もっていき
わざと斧を落としたきこりたちは嘆き悲しんだ


女神は銀の斧を先に見せることにした

誰もが
銀の斧は自分のものではないと言い

金の斧を見たとたん
目を輝かせ自分のだと叫ぶ


なんという嘘つきどもだろう
そんな嘘つきは斧をなくして苦しめばいい

そう思いながら
斧が落ちてくると
それを拾い水面へ向かう


心のどこかで
いつか正直者が現れることを
期待していたのかもしれない


そうやってどれほど経っただろう
木から落ちた実は芽を吹き
立派な木へと成長していた


波紋
沈んでくる斧

女神は斧を拾い
水辺で嘆いているフリをしているであろう
きこりのもとへ向かった

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参加している「今週のお題」というサークルで、
「水」が出たのでなんとなく・・・
あの女神様のお話のような何かですー
女神様のお住まいが泉だったか池だったか、
はたまた湖だったかは忘れましたが（ぇ