ギガピャ

童話村の出来事・序章『出会い』

自作小説

僕はその日、死に場所を求めふらふらと歩いていた。

1週間前から人生はどん底だった。まず会社を解雇された。僕は28歳と比較的若いほうだったが、不景気の波には勝てなかったらしい。他にも10人は辞めさせられた。
再就職にしても、高卒で国家資格はもちろん資格というものを持っていない僕には、氷河期といえる現代に職はなかなか見つからない。

次は無職になった途端、6年交際していた恋人に別れを告げられた。どうやら結婚を視野にいれていた2歳年上の彼女は、失業保険や本当にわずかな退職金では先が見えたらしい。さっさと僕に見切りをつけたようだ。

他人にとっては些細なこととも思えるかもしれないが、僕にとっては死を考えるほどのことだった。

そんなことを思いだしていると、いつの間にか見知らぬ土地に来ていた。
昭和の町並みのようなレトロな建物が並ぶ街だった。僕はなつかしい気分になった。祖父母の家に遊びに行ったときに、よく見た光景に似ていた。
今流行の昭和の文化を取り入れたのだろうか、それとも単純に町並みをそのままにしているのかはわからない。僕はこの場所で死に場所を探すことにした。

駄菓子屋の前を通り、土管のある空き地の前を過ぎる。人は歩いておらず、それどころか気配もなかったが、僕はそれでよかった。人知れず死ぬ方がよかったからだ。

だが、この場所に来たのもなにかの運命だったのかもしれない。
僕はある地点に来たとき、なんだか吸い寄せられるように歩き始めた。行き着いた先にあったのは古本屋だった。
なぜこのようなところに行き着いたのかは知らないが、僕は店に入ることにした。これも吸い込まれるようだった。

店の中には少し埃をかぶったような古い本が山積みされていた。それに加え古い棚にもびっしりと入っており、地震がきたらどうなるのかわからないほどだ。
僕はざっと見渡し立ち読みする本を探した。別に本が好きなわけではないが最期に本を読むのも悪くない。
読む本はすぐに決まった。店の一番奥にある黒い本だった。
不思議なことは続くものだと思った。店に来たのは吸い寄せられるようで、入ったのは吸い込まれるようなら、本を選んだのは呼び掛けられているような気がしたのだ。
運命の本の表紙には『童話村の出来事』というタイトルが書いていた。童話というくらいだから、幼いときによく聞いたものだろう。最期の本が童話というのも自分らしいと思った。

そのとき背後から声を掛けられた。まったく気配がなかっただけに、僕は女性のような叫び声を上げ飛びのいた。
声の主のほうを見ると、驚かせて申し訳ないと謝ってきた。どうやら店の主人らしい。
「この本はいいですよ」
背が中途半端に高くて顔の大きい黒服の主人は、僕が手にしている黒い本を見るとそう言った。
まだ購入する気は無い、といっても金がないため購入できないため、僕はどうしようか迷っていると、主人はそのことを察したらしい。
「立ち読みも可能ですよ。今は本離れが進んで出版不況ともいわれていますから、このような店に寄っていただいただけでも嬉しい限りです」
主人は黒縁眼鏡の位置を直し、本の説明を始めた。
「この本の特徴はね、3Dなのですよ」
「3D?」
僕はすぐに飛び出す絵本を思いだした。物は言い様なのだろう。が、主人はその思いも察したらしい。
「飛び出す絵本ではありませんよ。アバターで一躍人気が上がった3Dです。でも、厳密に言うとバーチャルというのかもしれません。3D眼鏡も要りませんし」
3Dとバーチャルは違う気がするが、僕は突っ込まないことにした。
「でも、この本を選ぶということはお客さん、なにか人生の壁にぶつかっているのですね」
「なぜそれを」
僕は思わずそう言ってしまった。人の心を読めるような主人に隠し事はできないと思った。
「この本を手に取る人は皆そうなのですよ。この本には人を呼び寄せる力があるらしい」
店に来た経緯を思いだすと、なんだか納得できる。
「兎に角、読んでみて損は無いと思いますよ。人生何事も経験です。この本を読んだ人は、人生をやり直そうと思い直すようですから」
言いすぎだろ、と思ったがどんな内容かも気になる。僕は、笑顔だが目は笑っていない主人の方を見た。
「どんな内容か気になるので読んでみます」
「そうですか、それはよかった。では健闘を祈ります」

本を開くとまばゆい光が僕を包んだ。その途端、僕は意識が遠のくのがわかった。こうして、僕は不思議な世界へと行くことになった。

続く


#日記広場:自作小説