童話村の出来事・第1章-1『浦島太郎、登場』
どれくらい気を失っていたのだろうか。僕は誰かに呼び掛けられる声で目を覚ました。
僕は起き上がると周囲を見た。いつの間にか本屋から砂浜に移動しているらしい。
「貴方も災難でしたね」
状況がつかめていない僕に、先程呼び掛けてきていた男が言った。男は40前後で痩せているというよりはやつれている。後ろにはもう1人髪の長い20代前半の女がいたが、俯いて黙っている。
「これは一体?さっきまで古本屋にいたはずなのに」
「やはりそうでしたか。私達もそこで不思議な本を読んだらここに移動していたのですよ」
後ろの女も頷いている。
「主人の話ではバーチャルだとか3Dだとかいっていたけど、それがなにか関係あるのですかね」
「そうかもしれませんね」
男はそう言うと、上着から名刺を取り出した。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私、藤村と申します」
少し黄ばんでいる名刺にはバネを製造している工場の経営者の肩書きが書いてある。
「工場を経営されているのですか」
「はい。だけどこの不景気でね、閉鎖ですよ」
「あっ、すみません」
「いいえ、謝らないでください。どこも似たようなものですから」
藤村は微笑んだが、どこか寂しげだった。古本屋の主人の話だと、心に迷いがあるときにあの本を見るそうだが、たぶん藤村も死に場所を探してたのだろう。
藤村の話と僕の自己紹介が終わると、藤村の後ろにいた女が前に出てきた。
「吉田といいます」
小さな声でそれだけ言った。もっと話をしたかったが、よく見ると腕に傷が多くあることから、今はあまり触れないほうが良いと思った。
そうこうしていると、空から声がしてきた。
”どうですか、今の気持ちは”
聴き覚えがある声で、それは古本屋の主人の声だった。
「これが3Dというやつですか」
”そうですよ、よくできているでしょう”
「はい、全てが立体的で。それよりも、これはどうやったら元に戻れるのでしょうか?」
”簡単なことですよ。この世界で起こる様々なことを解決していけばいいのです”
「様々なこと?」
”この世界の住人はほぼ童話の登場人物です。今から貴方方が体験するのも、御伽草子と日本昔話と私の考えたオリジナル要素を組み合わせたものです。そして、オリジナル要素に童話の登場人物達が抱える問題を解決していくというものがあるというわけです”
「なんで私達がそれをすることになるのですか?」
”それは店内でも話したように、心の迷いを失くすことに大きく役立つからです。あっ、もう時間のようです。もうすぐ、最初の物語の登場人物が現れます。貴方達はその人物と行動を共にして下さい。では健闘を祈ります”
僕が引き止める間もなく、主人の声は止んだ。
5分ほど経った頃だろうか。僕達の近くで声が聞こえてきた。どうやら少年らしく、輪になってなにかをしているようだった。そこで僕達はこれから会う登場人物が誰なのか想像がついた。すると想像していた人物の声が聞こえてきた。
「おい少年よ、亀を苛めるのではない」
声の主は24、5歳の老け顔の男だ。武田鉄也に似ているようにも見えた。
「おい、説教親父が来たぜ、逃げろー」
少年達は叫びながら立ち去った。その言葉の意味がなんとなく理解できた。
「あの浦島太郎さんですよね?」
「おう、そうだがあんたらは誰だい?なんで俺のことを知っている?」
「それはですね、そのなんといったらいいのか」
話しかけたまではいいが返答に困った。藤村も僕と同じで答えに困っている。吉田も同じだ。だが、浦島はなにを考えたのか、
「あっ、そういうことか。参ったな、こりゃ」
なにか照れくさそうに言っている。
「あれだろ、ほら俺はこの通り紅顔の美少年、といっても少年じゃなくて青年というのか、そういうのだから俺有名なんだな、きっと」
とんだ勘違いだった。紅顔の美少年ではなく厚顔無恥もいいとこだ。だが間違いを訂正せず話を合わせることにした。
「そうなんですよ。浦島さんには以前からお会いしたくて」
「照れるじゃねえか、この野郎。よし、可愛いお嬢さんもいることだし、家に招待するよ。夕飯も確保したしな」
そういうと先程の亀を掴んだ。
「えっ、夕飯って」
「この亀だよ。上手いぞ、俺の作る亀鍋は」
急いで料理を止めさせることにした。
「なんだよ、俺の料理が食べられないのか」
かなり横柄な態度をとる浦島だったが僕は説得した。すると浦島も渋々了解し、亀を海に返すことにした。だが、
「わかったよ。亀は万年というのに、ここで殺してしまうのは可哀相だから今日のところは助けてやる。常に、この恩を忘れるでないぞ!」
と恩着せがましいことまで言っていた。
これが僕と浦島太郎の出会いだった。