桜の声-前編-
yahooブログで掲載していた小説のひとつを書きます。全部は書ききれないので、まずは前半部分です。
「ただいまー。」
「お帰りなさいませ、お嬢様。今日は、日本舞踊のお稽古ですね。」
「ええ・・・、まぁ・・・。」
「どうなさいました?お顔色が悪いようですが?」
「あ、いえ、大丈夫。なんでもない。」
荷物を置いてから外に出て、私はいつもの桜の木の下に、制服のまま腰を下ろした。
「日本舞踊、お茶にお華。今の状態じゃ、どれも集中できないよ・・・。」
桜の木に話しかけるように言った。
私は、この桜の大木が昔から大好き。普通の桜より、太くて大きく、どこか強そうな、優しそうな感じがする。花を咲かせるこの季節は、特にそう感じる。父は、私が小さいときからこう言っていた。 「この大木は、大昔からあり、何代にもわたって名家(花柳家)と共に生きてきた桜だ」
小さいときから、ムシャクシャするとき、不安でたまらないとき、落ち込んだときとかに、この木の下に座っておっかかると、とっても落ち着いて、心がピュアになっていく感じがする。
「あれ?八重!」
(ドキッ!)落ち着いた気分が一瞬にして吹っ飛んでしまった。
「せ、誠次くん・・・」
「どうしたんだ?制服のままで桜の下に座って。なんか、元気なさそうだけど、大丈夫か?」
「ううん、別に・・・何も・・・。」
「そうか?いや、お前が、桜の下に座るのって、何か嫌なことがあったりしたときが多いからさ。よければ、相談にのるぞ。」
「ううん、だ、大丈夫。ただ、ここに座りたいって思っただけだから。」
「ふーん。まぁ、俺もこの桜好きだけどさ。おっと、じゃぁ、俺そろそろ道場行くから。またな。」
「う、うん、がんばってね。」
(はぁ~)胸がドキドキいって、顔が熱くなっているのがわかった。そう、これが最近の状態の原因なのだ。
誠次君は、うち(本家)の隣の花柳家の分家の家に住んでいて、私のはとこにあたる。小さいときから、毎日顔を合わせているし、よく一緒に遊んでいた。 でも・・・こんな感情を抱くようになったのはつい最近。数ヶ月前、剣道の試合に出る誠次君を応援しに行ったときからだ。
汗をかいて闘う姿は、ほんとにかっこよかった。いつの間にか、そんな誠次君に夢中になっているのに気がついた。誠次くんのことを考えながら桜の下に座ると、気持ちがいっそう高ぶるのを感じるのだ。
「おっと、そろそろ稽古の時間だ。」
と、立ち去ろうとしたそのとき、
「素直になれば大丈夫だよ。」
(え!?)どこからか、男か女かわからない、中性的な声がした。でも、周りには誰もいない。気のせいかと思い、家に戻った。
日本舞踊の稽古が始まった。先生が、なにやら怪訝そうな顔をした。
「八重さん、あなたもしかして、何か悩みがあるのではないですか?どうもそれが、踊りにも少し出ているように思えるんですよ。」
「え?そ、そうでしょうか。」
「確かに、先生のおっしゃるとおり、それはお父様も感じた。八重、どうもここ最近のお前は、様子がおかしいぞ。」
「べ、別に悩みなんかありませんよ。」
「本当なのか?八重。」
「大丈夫なの?八重さん。」
「はい、大丈夫です。」
言えるわけない。特にお父様には・・・。
先日聞いてしまったあの会話が、頭をよぎった。
「うーん、あの二人、一緒になってはくれないだろうか。」
「あなた、まさか二人の縁談なんて考えているんじゃないでしょうね?あの子達はまだ子供ですよ。」
「いや、まぁ・・・、そこまでは。」
お父様の考えている相手は誰だかわからないけど、そんな会話を聞いたらいやな気分になった。やっぱり名家の令嬢って、自由な恋愛とか許されなのかなぁ。
翌日、土曜日の午前中の部活の集まりから帰ってきて、また桜の下に座った。天気がよくて、桜の花びらがちらちらと降ってくる。とっても気分がいい。
振ってきた花びらを一枚指で取り、花びらにキスした。そして、(ふっ)と吹き飛ばした。
と、次の瞬間
(ぶわっ)
「な!?何!?」
突然、周りの花びらが一気に飛び散り、周りがピンク色に光りだした。光のまぶしさと桜吹雪で目を開けていられない。
「ま、まぶしっ・・・・」
少しして目を開くと、花びらが降り、目の前に、誰かが立っている。(え?)私は目を疑った。