通信再開。
13日(日)
(この辺の記憶が曖昧です。12日の後半の記憶と混ざってる可能性あり。)
水の出るところを見つけて分けてもらいに行く。
この時点では固定電話は通じていた。
携帯は通じ辛い、と言うレベル。
いつ電気が止まるか判らないので冷凍食品や肉などを先に火を入れておく。
ご飯も炊いておく。
コメってスゴイ水を消費する食材だったのね。
汲んできた水がみるみる無くなる。
パン・うどんの類は真っ先に店先から姿を消した。
イオン・ヨークベニマル(7&i)は閉店。
この時点でも、岩手の父とは連絡がつかない。
横浜の妹②と、そこにに手伝いに行っていた母の様子は
鎌倉の妹①からメールで届いた。
この日の昼過ぎから、PCの通信が出来なくなる。
電話も通じなくなる。
携帯は「圏外」になった。
私も娘も髪が長いので1日以上、髪が洗えない、というのは
きつい。ガスが使えるのでバケツにお湯をつくり、シャンプー無しで洗った。
それでもかなりさっぱりした。
下の子を呼んで清拭してやる。(短大で習った)
水汲みの帰りに旦那の学区に寄ってみる。
貴重なガソリンを使ってでも見るべき光景だという。
光景そのものは、TVで放映されているものとさほど変わらない。
然し、道路1本隔てての落差が激しい。
6号国道の海側は瓦礫の山。
山側では、田起しのトラクターがゆったりと走っていた。
自分は山側だったので被害が最小限で済んでいた。
このまま数日か、最悪でも一ヶ月で元の生活に戻れると思っていた。
やあ
2011/03/15 19:42:45
ありがとう^^
やあ
2011/03/14 12:25:37
ゆさちゃん。。。
なーんも泣きごと言わんけど、憔悴を深めて行く様子が目に見えるようだよ。。
しんどいね。。
どこでもドアがあったら、今すぐうちへおいでーって言えるのにね。。
お風呂入って貰って、ほかほかのごはん食べて貰って、心身を休めて貰えるのにね。。
何にも出来やんと、ごめん。
元気で応援してるから、この前ゆさちゃんがしてくれたみたいに
感じとって欲しいよ。。