Ben日記

ベンクー

思ったこと、感じたことの日記

【7月期小題】「浴衣/幽霊」

小説/詩

≪僕が幽霊を怖がらなくなった訳≫

僕が9才、弟が7才になった夏休みのこと。僕たちは、初めて二人だけで母の田舎に行った。新幹線で博多まで行き、列車を乗り継つぎ、田舎の駅に迎えに来ていた祖父母に会うまで約12時間の旅だった。

祖父母の家に着いた僕は、夕食後に熱を出して寝込んでしまった。
おそらく、出発の数日前から、「お金は肌身離さず持っていること。車内では騒がないこと。弟から目を離さないこと。乗り換えや分からない場合は駅員さんに尋ねること」などなど、母から何かと諸注意を受けていたため、祖父母に会ったとたん緊張の糸が切れ、夕食後にその影響が出たからだろう。

熱にうなされる僕に祖母は、『知恵熱ごたっとだけん、頭ば冷やして寝とったらすぐ良うなったい!(知恵熱みたいなものだから、頭を冷やして寝てればすぐに良くなる!)』と、氷まくらを用意して寝かせた。
その時祖父は、『着いてすぐ熱出すっとが普通ばってん、ちゃんと晩飯ば食うちか出したつは卒ん無か…(着いてすぐに熱を出すのが普通なのに、晩飯を食べてから熱を出す辺りは抜け目ない…)』と言ったらしいが、僕にはその言葉を聞いた記憶はない。


その時僕の記憶にあったのは、寝ていた窓の外に着物を着た女の子の姿が見えていたことだった。女の子は、鮮やかな黄色い帯に白地に花を散らした浴衣姿で僕を見ていた。
…一体どこの子だろう?
朦朧としながら僕は、あきらかに祖父宅の庭に立っているその子を不思議な気持ちで見ていた。どこかで見たような気もしたのだが、もちろんその時は何も思い出せなかった。


翌朝、僕の熱はものの見事に下がった。祖母の言うとおり知恵熱だったようである。僕の隣りの布団では、弟が口をあけたままアホ面丸出しで寝ていた。まさか10年後に国立大に入るとはとても思えない顔をしていた。


喉の渇きを覚えた僕は、台所で朝食の支度をしている祖母に『お婆ちゃん、水ちょうだい』と言って、受け取った500ml入りミネラルウォーターを一気に飲み干した。そして、昨夜見た女の子のことを祖母に話した。

すると祖母は、ちょっと不思議そうな顔をしたがすぐに合点が着いたようで、僕を祖父母の部屋に連れて行き、箪笥の引出しを開けると、『タケちゃんが見たつは、こっじゃなかね?(タケちゃんが見たのは、これじゃない?)』と言って、中から昨夜の女の子が着ていた浴衣と帯を出して見せた。
『これこれ。何これ?』
僕は、不思議な思いに駈られて祖母にこう尋ねた。
『これは、あんたのお母さんが子供の時に着とった浴衣たい。ほら、ここに写真もあっと…』
祖母はそう言うと、箪笥の上にある小さい抽斗からアルバムを取り出して僕に見せた。そこには、昨夜見た女の子が写っていた。
『もしかして、俺が見たのは子供の頃のお母さん?』
一層不思議に思った僕は祖母にこう尋ねた。
『多分そうたいね。あの子はあたたちだけウチに来させたつば心配しよったったい。だけん、心配になって気持ちだけでんここに来よったっだろ。なん不思議なこっじゃなか。あたが頑張ったけん、熱ば引かして帰ったったい…(多分そうだね。あの子は兄弟二人だけで田舎に帰したことを心配したんだね。だから、心配になった思いが子供の頃の姿になってここに来たんだよ。何も不思議なことじゃないよ。あんたが頑張ってここに帰ってきて熱出したから、それを治して帰って行ったんだよ…)』
祖母はこう言うと、アルバムの母の姿を見直した。そして、僕にこうも言った。
『タケちゃん、幽霊って恐ろしかもんじゃなかとよ。昨日あたが見たごつ、生きとっても幽霊になってくっとだけん。ほんなこつ恐ろしかつは人間の方だけん。だけん、もし暗かとことか墓場とか行ってもなんもこわかこつはなかと…(タケちゃん、幽霊って恐ろしいものじゃないんだよ。昨日あんたが見たように、生きてても幽霊になってここに来るのだから。本当に恐ろしいのは人間の方だからね。だから、もし暗い所とか墓場に行ったとしても何も怖がることはないんだよ…)』


この時を境に、僕は幽霊を怖がらなくなった。そして、浴衣の女性を綺麗だなと思うようになった。

-おしまい-

  • 雨宿

    雨宿

    2011/07/18 18:06:07

    私にもちょうど二つ下の弟がいて、幼い頃はこんな風に二人で祖父母の家に行った記憶があります。もっとも、幽霊を恐れる怖がりな兄が弟の手を握って寝ていたという恥ずかしい記憶ではありますが。

    それにしても、「祖父母の家」というのはなぜあんなに幽霊が出そうな雰囲気なんでしょうね?建物が古いとか、人里離れているなど環境的な要因もあるのでしょうけど、人が長く住んだ場所というのは、目に見えない何かが蓄積されていくのかもしれません。

  • ヒナ

    ヒナ

    2011/07/13 11:15:18

     9歳と7歳で電車旅行とは大変そうですね……私は今でも緊張してしまいます。実は私の母の実家も福岡の某所にあるのですが、やはり祖母がこのような感じの言葉で話していました。声で聞くと大体話は通じるのですが、文字にしてみると、なかなか難しいですね。

     幽霊が怖くないという意見には完全には賛同できませんが、生きている人間の方が怖いというのは本当に事実だなと思います。まあ、生きているにしても死んでいるにしても、危険な存在は在るのでしょうけれど……遭遇率の問題ですね。

  • あびにゃんこ

    あびにゃんこ

    2011/07/09 17:17:18

    9才と7才で12時間の子供だけ旅。
    さぞや本人も緊張したろうけど、その倍、お母さんは心配だったでしょうね。
    体は自宅にいても、心は実家。気持ちわかります^^

    >本当に恐ろしいのは人間の方だからね。

    これは兄が昔いってましたね。
    「死体なんか何も怖くない、ただ死んでるだけや。それより生きた人間のほうが怖いわ」
    ってね。幽霊じゃなくて死体の話だけどw 彼は医者なわけですが・・・ナルホドと思いましたねぇ。

  • スイーツマン

    スイーツマン

    2011/07/09 15:28:21

    息子の初恋は母
    とか心理分析あたりでいってますねえ

  • 七川冷

    七川冷

    2011/07/09 14:35:39

    確かに、子供想いの母が小さい頃の姿で看病してもらってたら
    怖くないですね~

    ブログのコメント、ありがとうございました。
    お礼に水やりとステプをどうぞお受け取り下さい。