原爆のこと。
長崎という、最後に原爆が落ちた都市に10数年間暮らした
来訪者として。
長崎という街は、平和な街で、普段生活している上では
原爆のことなんか意識しない。
でも、小中高の教育などではしっかりとした教育がされていて、
誰に聞いても平和を大切にしたいという想いが強い。
日本の他の県の方々との意識の差は大きいと思う。
僕も長崎に来るまでは原爆に対する意識は低くて
長崎に来てからも、普段の生活の中で意識する事は少なかった。
いろいろと感じたのは、
長崎原爆資料館、長崎原爆死没者祈祷館
原爆落下中心地、平和記念像と一連の施設を巡ったときだ。
祈祷館の中に、原爆体験者の方々の手記のコーナーがある。
どの経験談を読んでも、感情的にではなく
その日の事実だけが淡々と記されていた。
祈祷館で祈るとき僕は想像する。
原爆落下直後の焼け野原において、自分がたたずむ姿を。
建物が消失し、遺体が沢山ある景色の中で、
どれだけの空虚感と喪失感を感じるだろうか。
そこには悲哀や憎しみを超えた感情があると想う。
そのような感情を
自分たちや将来世代の誰一人として感じて欲しくないと
心の底から想う。
そして平和を志そうと誓う。
8月6日 広島原爆の日
8月9日 長崎原爆の日
てらもっち
2011/07/27 12:17:35
くーやさん
その当たりの表現は迷って迷っています。
想像していいものなのか。想像がどの程度なのか。
感情もそう。
迷いながらも自分の感じたことをそのまま書いています。
くーや
2011/07/27 08:26:19
きっと、想像の域を超えてる、だろうね・・・
「悲哀や憎しみを超えた感情」 そのとおりかな?って思う。