ひまわり畑を眺める一匹猫

招き猫

猫はただ、風に吹かれながらひまわりの花を観ていました。
まるで懐かしいぬくもりを思い出しているかのように。

オトシブミ ③

自作小説

母さんが死んでしまったのは6年前。

僕が4歳の頃だった。

ある日、まだ母さんが病気と戦っている頃、僕と父さんは車で母さんの病院に向かっていた。

その時父さんは、僕にこんな話をした。

 

「望、良く聞け。母さんは今とても強い病気と戦っている。誰のために戦っていると思う?それは父さんとお前のためだ。母さんが戦っている以上、父さんもどんな事をしても母さんを返して貰う。そして母さんも必ず帰って来る。それは約束だ。だからお前も約束しろ。母さんが帰ってきても、今必死になって戦っている母さんを、母さんの顔を、声を、忘れるんじゃない。お前のために戦っている、母さんの笑顔を、一生忘れてくれるな。いいか?望、これはお前と母さんとの約束だ。」

 

この約束から一週間くらいで、母さんは帰らなかった。

父さんは病室で、人目もはばからずに大声で泣いた。

何故だかわからないけれど、どうしてか僕は泣かなかった。

僕は母さんとの約束を守ろうと、その時心に誓った。

 

 

僕たちはキャンプ地から車に乗り、移動する事になった。

父さんが突然に“母さんに会いに行こう”と言い出したからだ。

どこに行くのか聞いても、父さんはいつものように答えてくれなかった。

車は藪の中の道から、やがてアスファルトで舗装してある道に出た。

曲がりくねったつづら折りの道を抜け、やがて山の頂のような場所に出た。

すっかり日が暮れた時間、その場所からは街の灯りが一望できたのだ。

それはまるで、キラキラと光る宝石を散りばめたような景色。

こんな綺麗な夜景を見たのは、僕は初めてだった。

 

「すごい!きれいだね~!父さん!」

「ああ、美しいだろう?ここへはな、母さんと結婚する前に来た事がある。つまり・・・まぁ・・・アレだ。父さんはここで母さんに、結婚しようって言ったんだ。」

「へぇ~・・・そんな話聞いた事無いよ!」

「お前なんかに言うか!ま、今言ったけどな。その日な、母さんとさっきの場所でキャンプをして、この夜景を見た。母さんもこの景色を気に入ってな、今度はお前を連れて来たいって、死ぬ前に言ってたんだ。」

「・・・母さん、僕来たよ。」

「おお、来たな。父さんな、ここには母さんがいるような気がするんだ。母さんはこの風景の一部になったような気がするんだよ。」

 

僕はポケットに入れたオトシブミを思い出した。

このオトシブミの揺り篭は、ここに置いて行こう。

そう思った。

僕は足元の草むらへ、オトシブミを放った。

「きっと元気に、成虫になってね!」

僕も何となく、この風景の中に母さんがいるような気がした。

 

“母さんの風景”を後にした僕たちは、キャンプ地へ戻ってきた。

父さんはもう一本のカップ酒を開け、タバコに火をつけていた。

時間はもう、23時を回っていた。

こんなに遅くまで起きているのは、もしかすると初めてかもしれない。

そして、テレビもゲームも無い夜が、こんなにも楽しく思えたのも初めての事だ。

何よりも、父さんとこんなにたくさん話をしたのも、初めてだった。

 

「明日も早いからな、もうそろそろ寝ろ。」

「うん、明日は何をするの?」

「食料調達だろ。そして運が良ければな、母さんの忘れ物を拾えるかも知れん。」

 

母さんの忘れ物・・・きっと聞いても教えてはくれないだろう・・・

と、そう考えているうちに僕は眠りについてしまった。

 

テントの中で眠りについた僕は、夜中に目覚めた。

枕元に何か置かれたような音がした。

父さんはクマのようなイビキをかいて、熟睡しているようだった。

とてもお酒臭かった。

僕は自分の枕元を見ると、そこには大きなオトシブミが置かれていた。

驚いて手にすると、それは僕の手の中ではらはらと解けて行った。

緑色の葉が解け、中を見ると一枚の便箋が入っていた。

そこにはこう書かれていた。

 

望、上を向きなさい。

 

テントの外を見ると、なにやら小さな光が動いていた。

真っ暗のはずの山の中。

蛍の様な明るさではない、もっと白い灯りがゆっくりと遠ざかって行くのが見えた。

「母さん・・・母さんなの?」

                     つづく


お知らせ

4回で完結させるつもりでしたが、書いているうちに長くなってしまいました。

最終回は第5回とさせていただきます。

  • 招き猫

    招き猫

    2011/08/05 08:23:46

    おんぷさん
    ええ、一気に読んでね。。。
    ついに本日完結編!

  • おんぷ

    おんぷ

    2011/08/04 14:12:38

    わわわわわわ~・・・。もう、一気に、④に行って読んできます・・・
    ワクワクします!!!!

  • 招き猫

    招き猫

    2011/08/04 09:44:37

    夢中姫さん
    そうですね~・・・でも、私はどこでプロポーズしたっけなぁ。
    忘れてしまいました(自爆
    車の中だったと思うのですが・・・

  • 招き猫

    招き猫

    2011/08/04 09:43:02

    みいにゃん
    はい、オトシブミはこの物語の中で重要な役割を占めています。
    少年が偶然見つけたこの昆虫の卵ですが
    彼にこの後、大きなメッセージをくれる事になります。

    はい、続きですよ。。。

  • 招き猫

    招き猫

    2011/08/04 09:39:45

    たまこさん
    そうですねぇ、愛する事は尊きかな。
    一生に一度の愛を得るには、それ以上に愛さねばならないのかもしれませんね。。。

    ま、この話はフィクションですから。
    私が歩んでいる人生とは別物であります。。。
    続きをどーぞ!

  • 招き猫

    招き猫

    2011/08/04 09:36:52

    さえらさん
    え?緩んだ?
    すんませ~ん。

    ええ、親子の愛がテーマです。
    父の愛と、死んでしまった母の愛。
    もう得られるはずも無い母の愛を、少年は不思議な体験から得る事になります。
    続きをどぞ!

  • 明日風夢中姫

    明日風夢中姫

    2011/08/04 07:58:54

    何だかジ~~~~~ンときちゃいますね。
    プロポーズの場所って特別ですもんね。

  • +みいにゃん+

    +みいにゃん+

    2011/08/04 07:36:26

    胸が痛くなちゃったよ~~

    オトシブミが妖精のように思えてきた~
    夏のいい思い出になりそうなお話ですね

    続き楽しみにしています

  • たまこ

    たまこ

    2011/08/03 23:28:06

    お母さん~><

    招き猫さんのブログ読んでると、こんなに愛せる人がいらっしゃること、とてもうらやましく思います。
    私も、生涯でこんな愛情、見つけられるかしら~^^

    続き、楽しみにしてます!!

  • さえら

    さえら

    2011/08/03 22:15:28

    ちょっと!猫さん!!
    涙腺ゆるんできたじゃないですか~~

    でも、なんでかな^^
    不思議とあったかい気持ちになります
    きっと、深い愛情が根底に流れているから・・なのかな

  • 招き猫

    招き猫

    2011/08/03 18:23:35

    cocoさん
    最初の・・・さぁ、どうですかねぇ~。
    ウチの息子は忘れないと思いますよ。
    ビデオがありますから。。。

    続きは、明日のなるべく早い時間にUPしますね!

  • 招き猫

    招き猫

    2011/08/03 18:21:59

    ぷっちょさん
    そうですか、涙でましたか、うっしっし。。。

    涙を拭いて、続きをお待ちください。

  • coco

    coco

    2011/08/03 17:07:23

    最初の・・お母さんとの約束は本当の話なのかな・・・・。
    息子くん、きっと一生忘れないと思います。
    続き、待ってますね^^

  • ぷっちょ会長

    ぷっちょ会長

    2011/08/03 15:23:18

    涙しながら、ちょっとドキドキ。

    続きをお待ちしております。