人生カカト落とし

すかさは

右往左往。行ったり来たり。
本を読んだり、考えたり。
行き当たりばったりな日々のあれこれ。

この世界の片隅に

マンガ

好きな漫画、とお題がでているわけですが。

GWに出かけた時に買ってきていた『この世界の片隅に』(こうの史代/双葉社 全三巻)の下巻を、読んでしまった。
好きだというのとはちょっと違うけど。
読んだからには書かずにはいられない、けどなぁ。

キッツイ話だ。
戦争を扱っているだけじゃない、穏やかに、さらりと怖さが潜んでいたりする。
若夫婦がそれぞれ、相手の心通わせた相手を知ってしまい、気遣うとか、気遣われたことに怒り泣きするとか。
日常のなかの心の亀裂や、闇や、感情が、優しさやおかしさと共にひょいと提示される。
作者は『夕凪の街 桜の国』で注目されるようになったけど、評価の高さは題材のせいじゃない。
当たり前な人々の日常の哀歓、その機微を描けるからこそ、その視線で見た悲しさ・恐ろしさをも読者は突きつけられる。

作中では、広島で育ち呉に嫁いだ、絵が好きな「すず」の日常が描かれている。
下巻の帯には「完結」とあるし、物語では終戦が近づいている。
終戦が来る、ということは当然その前に来るものがあるわけで。
数日、怖くて読むことができなかった。
『夕凪の街 桜の国』とは違って直接描写はされなかったけど、いや、原爆が落ちる以前に、もう、キッツくて、しんどくて、でも日常に微笑い、人の優しさが胸に染み……
とにかくも、傑作だと思う。

終戦の日の、最後のひとりまで闘うのじゃなかったのか、いまここへまだ五人もいるのに! まだ左手も両足も残っているのに!! というすずの言葉は、つまり戦争がはやく終えられるのなら、失われなかったはずのモノを悼み、返せと求める慟哭だ。
暴力に屈しない、とつぶやいていた主人公が、暴力で従えていたから暴力に屈するのか、と「国の正義」の正体を知らないまま死にたかった、という言葉が切ない。

2回目に読んで、居なくなってしまった人、失われた風景、出会った子の過去を描き、終戦の日に泣くすずの頭をなでたのが、逝ってしまった右手だと気づいた。
やさしい。本当にやさしい。
鬼ぃちゃんも「鬼イチヤン冒険記」のなかではワニと所帯をもって幸せになっているし。
(カバー下にいたエプロン着たワニ見て泣き笑いしそうになった)
やさしさがこんな形で描かれなきゃいけない世の中には、もうなって欲しくない。

痛快さや波瀾万丈、キャラクターを求めるならお勧めしないけど、大人向きのしみじみした話、抜群に上手い漫画が読みたい人は、ぜひ。


#日記広場:マンガ

  • すかさは

    すかさは

    2009/05/10 01:59:03

    suzuyoさん
    『夕凪の街〜』とは違い、『この世界の片隅に』のテーマは「戦時下の日常」だと思います。
    人類史に残る大きな惨禍だけでなく、日々死がそばに、当たり前にある、でも人々が生きて暮らしている、そんな日々の。
    細やかな感情描写が出来る作家さんだからこそ、胸に来てしまうものがあります。
    速度に乗って読んでしまう方なので、再読して気づくことが多かったです。
    こっち方面は気力充実時じゃないと、正直辛いですが、なごみ系の話が多い作家さんです。
    妻に先立たれた男性と周囲の日常『さんさん録』、ひょんなことから結婚してしまった若夫婦の話『長い道』なんかお勧めです。

    ながつきさん
    おぉ……出身を同じくする方がこんなにも(わたしも生まれは広島県だったり)。
    流行等とは無縁の作風なのでご存じなくても不思議はないかも。
    『夕凪の街 桜の国』が賞をとって、各所でとりあげられて少し知名度が上がったようです。
    映画にもなりましたが(田中麗奈さんが出てた模様)、未見です。
    『夕凪の街〜』の内容の濃さからして、かなりの調査がなされているように思います。
    当然書名は知っているでしょうし、この作品の題名はその本から取った可能性もあるかと。
    細やかな描写、優しい人々、しかしゆるぎなく現実を見つめる視線——お勧めの漫画家さんです。

  • ながつき

    ながつき

    2009/05/10 00:00:57

    広島生まれなのに、漫画家さんもまったく知りませんでした。気がついていなかったというか...。
    機会があればぜひ手にとってみたいです。
    被爆ルポを集めたもので「この世界の片隅で」という古い本があるのですが、
    ひょっとして漫画のタイトルはこの本から?アマゾンで検索したら絶版でした。あらら。

  • suzuyo

    suzuyo

    2009/05/09 03:09:12

    うちの出身地の話です。
    祖母は対岸の島で救護に当たりました。
    祖父は、何日か後に市内に行った様ですが いまだ何も話したがりません。


    この県に生まれると、皆そうですが 
    写真、映像、語り部さんのお話、、、如何に惨いことが起こったのかを
    物心付かないうちから 毎年インプットされつづけます。


    「夕凪の街 桜の国」は、辛く 一読しかできませんでした。
    作家さんとしてとても魅力的に感じましたし、力量にも惹きつけられました。
    伝え続けなくてはいけないことだとも思います。


    自分の覚悟と精神面のタフさが回復したら、読んでみたいです。

  • すかさは

    すかさは

    2009/05/09 02:01:13

    山鳥さん
    『夕凪の街 桜の国』とはちょっと違う辛さです。短距離走と長距離走みたいな。
    覚悟はいるけど、それだけの価値はある作品だと思います。

  • 山鳥

    山鳥

    2009/05/09 00:36:01

    夕凪の街 桜の国は、読んでいるのですが、終戦間近のそんな作品もえがかれていたとは
    読むのが辛い内容のようなので、気力体力の充実したときに、アンテナが向いたら手にとってみたいですね
    夕凪の街 桜の国でも、充分に辛かったので、読むのに かなりな覚悟がいりそうですが