恭介

もうひとつの夏へ 【2】

アルバイト

斎場に着くまでは、ひどいどしゃぶりだったが着いた途端太陽が顔を見せていた。

雪美の母親を見つけ、会釈をする。

傍に父親の姿はない。

きっと離婚したのだろう。

受付を済ますと黒いドレスの優に会えた。

いっぱしの美人になっていた。

「見違えたな」

「そう?」

立ったまま一言二言交わすと、告別式が始まった。

予想に反して式は寂しいものだった。

人が亡くなって華美にするわけにも行かないだろうが

彼女の趣味とは到底かけ離れていたようにおもえた。

(アイツがお経で喜ぶかよ。 ロックでも掛けた方が余程喜ぶんじゃないか?)

そんな風に思うと、なんだか悲しい気分もどこかへ行ってしまいかけた。

式は滞りなく済み悲しみを抱えた人が一人、また一人と斎場を後にする。

そんな帰り際、優に呼び止められた。

「恭介さんちょっと待って」

後ろを振り返ると彼女がハンドバックから何かを取り出すところだった

「はい、これ」

ふたつの物を手渡してきた。

ひとつには見覚えがあった。

雪美と初めてデートに行ったときに贈った恐竜のキーホルダー。

あちこち剥げたりしていた、色もずいぶん劣化しているが見覚えがあった。

もうひとつは封筒だった。

「なんだこれ?」

訝しげに優に尋ねるが、彼女は既に歩き出していた。

「大富豪ビルに行きなさい、彼女が灰になる前にね」

風に乗ってそんな言葉が聞こえた。

「ん? 大富豪ビル……?」

なぜだか彼女の言葉には、抵抗できない力があった。

絶対遵守の呪いを掛けられたような…。

気が付くと、足は自然とそこへ向かっていた。

『大富豪ビル』 文字通りどこかの大富豪が道楽で建てた物らしい。

奇抜な外観が、その信憑性を疑いようのないものにしてしまう。

(大体、金持ちの感性ってのは一般の常識からは大きく逸脱しちまうものだからな…)

そんな事をおもいながら入り口へ立った。

自動ドアをくぐり受付を探す。

すぐに見つかったのだが、そこで足が止まった。

受付にいる人物は、少々普通ではなかったからだ。

頭は黒髪のロング、それだけみれば極普通だ。

だが、身に着けているものが振袖。

(外は30度を超す真夏日だぞ? 正月でもあるまいし、振袖?)

あっけに取られて、少々立ち尽くしていたらしいが

受付の女性はまるで意に介する風でもなく動きを止めたままだった。

よく見るとトータル的な雰囲気は、あの優にどこか似ているような気がした。

頭を左右に二度三度振り、受付へと近づいた。

「あの~これ…」

封筒を恐る恐る差し出すと、彼女は何もいわずカンターの下へと手を伸ばした。

カウンターの上に出された白い手には、「00」と書かれた古めかしい鍵が握られていた。

彼女は、その鍵をカウンターに置くと、再び元の無表情な姿へと戻ってしまった。

(説明もなにもないが、00号室へ行けってことなのか?)

右手でしっかりと鍵を握り、彼女に背を向け部屋を探すことにした。

廊下は外観とは違い、落ち着いた年代を感じさせる作りだった。

本当に、金持ちの考えることは判らない。

数字のついた部屋を遡るように進んでいくと、01の先に00と書いてある扉を見つけた。

(一体この部屋に何があるというんだろう?)

優のことだ、僕をからかったり、騙すようなことはないだろうと思った。

(虎穴に入らずんば虎子を得ず、行って見るしかないか…)

覚悟を決めドアノブの下にある鍵穴へと鍵を差込みゆっくりと鍵を回す。

「カチリ」

乾いた音が、静寂に包まれた廊下を駆け抜けていった。

ゆっくりとドアノブに手を掛け、回すと豪奢で重々しいドアが開いた。

電気がついていないためなのか室内は薄暗く、良く見えなかった。

(ちょっと怖いけど、行くしかないよな…)

意を決して、室内に飛び込んだ……。

はずだった…。

「あれ?」

確かに今、右足から部屋に入ったはず…。

だったのだが、今僕は扉があった方を背を向け廊下に立っている。

「え?」

あわてて後ろを振り返るが、やはりそこは壁。

扉なんて最初からなかったように壁がズンと存在感を示していた。

隣は01号室、完全に00号室は消えていた。

どういうことだろう?なにがなんだかわからない。

やっぱりいたずらか? ドッキリか? だが此処で考えても埒が明きそうになかった。

(とりあえず、黒髪の受付に聞いてみるか)

歩いてきた廊下を戻り、とりあえず受付に戻ってみることにした。