ぺんぎんうどん

ちょみ

ぺんぎんの飼育法とかうどんの通販をやってるワケじゃありません

2月自作/チョコレート『はーどたいぷ(2)』

自作小説

 話はとんとん拍子に進んでいった。
 お互いにそう遠くない地域に住んでいるらしいことは、過去のやりとりで知っていたので、どちらもが知っている、けれどどちらの街とも関わりの無い離れた駅で会うことになった。
 と、同時に渚の胸の中でも、後悔が進んでいく。
 ツィッターで、多い時は一日に五十回以上もDMを交わした。けれどその殆どは他愛無い一言二言のくりかえしで、人となりを知るにはまだ程遠い。
 テストで思うように点が取れなかった時に『辛い』と一言呟いただけで、何も聞かずにドンマイと返してくる。その時は優しい人だな、と胸が熱くなったけれど、冷静になって考えれば当たり障りのない返事をされただけだとも取れた。
 渚自信も嘘のプロフィールを語っているのだから、彼が男子高校生だというのも信憑性に欠けるというものだ。
 彼が二年以上かけて、渚を懐柔して詐欺をもくろむ犯罪者予備軍である可能性も拭えない。
 色々と迷いながら、けれど心のどこかで、この見知らぬ画面上の人が自分に今までと違う自分がある事を教えてくれるかもしれない、そんな期待も僅かにあった。
『でも……』
 絶対に話なんかできない。待ち合わせ場所に行ったとしても、きっと顔も合わせられない。渚は目を伏せた。
 ……だって、自分は嘘をついているのだから。

 無理と思う気持ち九十九と、ひとつしかない期待。それでも渚は当日、約束の時間より心持ち早めに家を出た。
 バレンタインデー目前の町並みは、甘い匂いであふれている。
 もしかしたら本当に会うのかもしれないのだから、軽いお土産くらいは用意した方がいいのかも……そんな事を考えながらウィンドウ越しに店内を覗く。けれど特別仕様に施されたラッピングの華やかさに気持ちが負ける。
 渡す勇気以前に、買う勇気すらない。
『ほんとにダメだなぁ、私』
 待ち合わせ場所に行ってもsoraはきっと自分に気が付かないだろう。彼が知るツィッター上の自分は明るくて快活なOLのお姉さんなのだから。
 きっと彼はnagiを待ちわびて、すっぽかされたと思いながら帰ってしまうに違いない。
 考えれば考えるほどに気持ちが後ろを向いてゆく。
 それでも足は止まらない。
 このまま駅へ向かっても良いことなんて何ひとつあると思えないのに、なのに、なぜ足が自分の気持ちに反して前に向かって動き続けるのか。渚には自分で自分の気持ちが解らなくなってきた。
『結局来ちゃったなぁ』
 渚は携帯をバッグから取り出して、いつもの画面を開く。
『あれ?』
 珍しく朝から一通もDMが入っていない。
 ぐるりと周囲を見回しても、それらしい少年の姿は見えない。
 十分、二十分……待つうちに、約束の時間は過ぎて遠ざかってゆく。
 自分が日にちを間違えたのか、soraに急な何かがあったのか、それともからかわれただけなのか。不安ばかりつのって、渚は思わず抱きかかえていたバッグをぎゅうっと握りしめた。
 その拍子に、中でぽきりと軽い音が響いた。
『あ、砕けちゃった?』
 華やかなパッケージに包まれた商品を買うのは気が引けたけれど、いくら何でも手ぶらでは……と思い直してコンビニで買った板チョコレート。
 あわてて覗いたバッグの中では、少しだけ橋の歪んだチョコレートが申し訳なさそうに入っている。
 そんなに酷く折れたわけではないのを見て、渚はふぅっと息を吐いた。
『もう、いっか』
 帰って自分で食べよう。きっとsoraは急用か何かで来られなくなってしまったのだ。そう思いながら渚は踵を返した。
 その時だった。
「笹川さん」
 渚の背後から、軽快な声が響いた。
 ……誰?
 思わず振り返った先に、見覚えのある顔が破顔の笑みで駆け寄ってくる。
「田沼君?」
「良かった。まだ居てくれて」
 急く息を整えながら彼は「ごめん」と頭を下げた。
「スマホ持って出るの忘れちまって、連絡も出来ないし、もう帰ってたらどうしようって思ってた」
 けれど、渚の頭の中では謝罪する田沼の声が素通りしてゆく。
『なんで田沼君が?』



 教壇の正面という全くありがたくない席の、もう片方。休み時間になっても縛り付けられたようにじっと席に座ったまま一人携帯を覗いている渚とは対照的に、授業終わりのチャイムと同時に友達の元へ駆け寄って、いつも空席の彼。
 俯いて声も出せなくなってしまった渚を見て、田沼はふぅっと息を吐いた。
「笹川、とりあえず座れる所に入ろう」
 彼がくいっと親指で指したドーナツショップを見て、渚はわけの解らないまま、黙って頷いた。



続く→http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=1016286&aid=36626125