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陰陽師★瀬織津

自分の好きを表現し、具現化するところ

真如堂 その弐

レジャー/旅行

 本堂の裏まで廻ったがわからず、持参した『秘密の京都』を開くと三重ノ塔の傍とあり、なるほど、鎌倉地蔵と書かれた提灯が提がる地蔵堂があるではないか。


殺生石 鎌倉地蔵縁起
 今から千三百年前、中国に白面金毛九尾(金色の毛に覆われ九つの尾をもつ)の狐がいて、美女に変身して皇帝をとりこにし、国を傾けさせました。しかし、やがて正体を見破られ、逃げて日本に渡りました。
 狐は、日本でも「玉藻前(たまものまえ)」という美女に変身して、鳥羽上皇の寵愛を得ましたが、陰陽師安倍泰親(安倍晴明の子孫)に見破られ、東の空に飛び去って下野国(今の栃木県)那須野原に逃れました。
 その後、狐の仕業と思われる出来事を幾度も耳にした上皇は、上総介と三浦介に妖怪退治を命じました。二人は神前で百日の行を行って狐退治のお告げを受け、上総介の弓の矢は見事にそれを射抜き、三浦介がとどめを刺して、首尾よく妖狐を退治しました。
 その時、この悪狐の魂は石と化しましたが、なおも悪霊となって近よる生き物を殺すので、「殺生石」と呼ばれて恐れられていました。
 これを知った玄翁禅師(室町時代の僧)は、殺生石を柱杖で叩いて割り、悪霊を成仏させました。禅師は三つに割れた石片の一つで地蔵菩薩を刻み、鎌倉に小さなお堂を建ててまつりました(金槌を「げんのう」と呼ぶのは、玄翁和尚に由来すると言われています)。
 江戸時代当初、この像を篤く信仰していた甲良豊後守(幕府作事方大棟梁職として日光東照宮などを造営)の夢中にこの地蔵尊が現れ、自分を衆生済度の霊場 真如堂に移しなさいと告げます。豊後守は、それに従って地蔵尊を真如堂に遷座しました。「鎌倉地蔵」の名は、この尊像が当初鎌倉に安置されていたことに由来します。
 鎌倉地蔵は、家内安全・福寿・延命などのご利益の他、無実の罪を晴らしたり、心の病が治るなどのご利益が、信仰の深さに応じてあるといわれています。 (地蔵堂由緒書きより)

 家に帰って来て『怖いこわい京都、教えます』を見て知ったのだが、本堂で鎌倉地蔵の欠片、すなわち殺生石の欠片をお守りとして売っているらしい。何と恐ろし気な。もう、毒気は吐いてないだろうけどね。さらに、ここの地蔵尊を写真に撮ると、お堂の闇の中にとっても怖いものが写るのだそうだ。私はお堂の写真しか撮らなかったからセーフ。普通、お地蔵さんを見るだろうから、周りに何が有るかなんて、気にしなかった。何が写るか知りたい人は実際にお参りしてデジカメで写すか、『怖いこわい京都、教えます』と読んでもらいたい。ここでは、言及しないことにする。

参考文献
『秘密の京都』入江敦彦 新潮社
『怖いこわい京都、教えます』入江敦彦 新潮社


狐憑き除けの呪歌
八百狐 野辺こそ己が 住処なれ人之屋妻に なで迷い来て

やおぎつね のべこそおのが すみかなれ ひとやつまに なでまよいきて
(『図説憑物呪法全書』より)

  • 陰陽師★瀬織津

    陰陽師★瀬織津

    2009/06/12 22:28:40

    斎様

    いつもコメント有難うございます。
    妲己とか華陽婦人とか、色々ありますよね。

    石の欠片の御守、都人の商魂を見たって言うか…

    地蔵堂と提灯の写真をアップしました。よろしければ、チェックしてみてくださいな

    http://plaza.rakuten.co.jp/yamikagi/diary/200906120001/

  • 斎

    2009/06/12 20:17:48

    こんばんは♪
    中国で国を傾けた九尾…殷の妲己しか思い出せないです(苦笑)
    しかし元殺生石の欠片がお守りになるとは…毒を持って毒を制するのか、人間って強いですね~。