晴明伝説・民間信仰・音楽・漫画アニメ

陰陽師★瀬織津

自分の好きを表現し、具現化するところ

「祀り」四

自作小説

「奉親、すぐに上賀茂社に参って、賀茂在実神官を訪ねよ。
守道様が主水司(もいとりのつかさ)より許状を頂いて参った。
これを渡し、在実殿より氷を頂いて参れ。
帝直轄の氷室を実質管理しておられる方だからな。
狩衣での非礼を詫びて、失礼の無いように対応するのだぞ」
「同じ賀茂家の者から使者を出せばいいじゃないか」
 京都北部の氷室までの行程を考えて、少々むくれ気味に奉親が答えた。
「賀茂は賀茂でも、下上賀茂社の神官は山城の賀茂一族。
陰陽寮の葛城賀茂氏とは、その出自が異なるのだ。
それにこれは安倍家の問題。我々が率先して動かなくてどうする」
「氷を何に使うんだよ」
 口をとがらせて、なおも問う奉親。
 吉平は奉親を見据えて、重々しく言葉を繋いだ。
「晴明公の封印だ」

 寮内に残り、吉平と時親は祭式の準備をしていた。
「法城寺にあった御幣は、播磨流のものらしく、招来入魂の幣というものだ。
守道様の考えでは、播磨の者共が晴明公の御遺体を使い、
その中に神性を招来し、魂込めを行うのではないかとのことだ。
御遺体と言えども、晴明公ほどの御方のものともなれば、
残された霊力たるや、到底無視できるものではない」
「その神性とは何なのですか」
 様々な御符を書きつつ、時親が吉平に聞いた。
「はっきりしたことは言えんが、最近、彼らが喧伝し始めた祟神・金神あたりか」
「そんなものを、何のために?」
「おそらくは、金神封じで混乱する朝廷側を尻目に、予め準備しておいた魂鎮めの術を施して金神を封印し、播磨流の名を都中に売る。
そして一気に宮廷陰陽師の地位を獲得。
祟神となって、都に霊威をふるえば、残った安倍家は重罪。
それを封じることの出来なかった陰陽寮の者もただでは済むまい。
体よく我々は追い出される。
そんな筋書きか。残された御幣からして魂込めの術式はすでに完成していると見える。邪神を内包した晴明公の復活は何としても、阻止せねばならぬ」
 御符を書き終わり、筆を置いた時親は弟のことを思った。
(奉親の奴、うまくやってくれれば良いだが…)

・五条松原、法城寺
 氷室より頂いてきた氷を奉親が運んできた。
(あれが祖父殿が葬られている場所を示す父上の御幣だろう。
まだ祖父殿は復活してないようだ。間に合った、間に合った。)
 奉親は周囲に氷を撒き散らした。霊力を秘めた奥貴船の水で作られた氷の浄化作用により、少しは発動までの時間稼ぎになると提案したのは、陰陽頭守道であった。
 溶け出した水が土に染 ン込むのを静かに観察していると、祭式の準備を整えた吉平一行が到着した。
「うまく行っているか、奉親」
 祭具や呪具を運びながら、兄が声を掛けた。
「おう、この通り」
 辺りの様子を指し示す奉親。しかし吉平はそれを見て色を失い、絞り出すような声で言った。
「違う、そこは」
 顔を見合わせる三人。
 途端、奉親の後方から、光を吸い込むほどの凶々しい闘気が沸き起こった。発生した凶気で空気がピリピリと振動するのを感じて、その場に居合わせた一同は全身に力が入った。祭式奉仕の従者たちもどよめく。はっきりと声を発したのは、時親であった。
「せ、晴明公…」

 黒の袍に平緒をつけ太刀を佩いた束帯姿の若い男がゆっくりと近づいていた。若き日の晴明の姿だろうか。敵意剥き出しの闘争心が、その目に怪しい光となって宿っていた。
 吉平は慌てず、護符による式打ちを行った。しかし、護符は晴明の体に届く直前で燃え尽きて地面に落ちた。邪神と晴明の遺体に残った霊力の相生作用で、陰陽師達の放つ術は悉く跳ね返された。

 次第に吉平達との距離を詰める、乗っ取られた晴明の骸。
霊剣とおぼしき直刀を抜刀し、ゆっくりと構える。