紅玉

遥か昔の話

自作小説

定期船の不定期は結構深刻らしく、予定よりも一週間遅れて到着していた。
しかし、その定期船だって必死に抜けてきたらしい。
戦場とは言わないまでも、活性化したモンスターは海にまで現れて暴れている。
「んで、護衛兼お客な訳か…格安ツアーってのは」
田舎町の一町民が、大陸にいけるほどのお金を持っているはずも無く、だからと言って自分の調べごとの為に町がお金を出してくれるはずも無く。
町長が粋な計らいで用意してくれたのは、護衛を兼任するお仕事だった。
「大陸情勢調べて来いっていってる癖しやがって、こんな所でケチってんじゃねぇ!」
桟橋で文句を言っても始まらないが、文句を言っていないと何かに負けた気がしてしまうお年頃のリルド。
それに反して、落ち着いた態度で付き合う事になったカリス…文句は言っても始まらないのを熟知しているので、ここで無駄に体力を消耗しない事にしたようだ。
「それで、大陸までにはどれぐらいの日にちがかかります?」
ここまでの船旅で何度と無く襲われて、すっかり疲れてしまっている船長に尋ねる。
しばらくはここに滞在する予定でいる船長は、すぐにでも出発したがっている二人を鬼でも見るような眼差しで佇んでいた。
「…すぐには出発できないさ…早く行きたいんなら泳いだ方が速いよ」
力なく返事を返したが、それが終わるか終わらないうちに黒髪の青年リルドが飛び込みの体勢入っている。
「ちょっ…待ちなさいって、別に急いでいないわけだから泳いでいかないでも」
「安心しろ…からかってみたまでだ…」
口ではからかうと言ってはいるが、その目は真剣そのものだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「どうなっているんだ!国境の町だけではなく、草原の拠点からも連絡が途絶えているぞ!」
ディジェスタ王宮は、蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれていた。
北の進軍が始まったことはわかっていたが、国境だけでなく派兵した者からも連絡が途絶えている。
何より、明け渡す事になったであろう国境の町からは誰も避難してこなかったという。
今までの戦争では考えられない事態であった…一般人は巻き込まない…それが暗黙の了解として築かれている。
だからこそ、戦争が始まっても一般人はのんびりと日常生活を送る事ができ、経済を疲弊させる事無く国を保つ事ができる。
しかし、今回の北の進軍は考えられない事だった。

町中を戦場にしている。

このことは、ディジェスタだけでなく大陸全ての国を震撼させた。
誰もが始めての「本当の戦争」を経験させられているのだろう。
…命の保証が無い…普段は勇猛果敢の騎士たちも震え上がり、一人また一人と退団していくものが後を絶たない状態になっている。
「このままでは国が持たない」
ディジェスタは、国境からいくつかの町を譲渡する事を条件に戦争をやめさせようと使者を送り込む検討を始めた…しかし、既に譲渡条件の町は占拠されている事を知る事はなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「今日は素晴らしく出航日和だな…おい」
どんよりとした雲が広がる空と、波が大きくなりつつある海。
こんな時化の日に出航すれば、転覆間違いない状況ではなかろうか?
「何故今日なんです…明日でもいい感じだと思うんですが」
もっともな疑問を船長に問いただす…船長も予定に無い天気に驚いていたが。
「大丈夫だよ…この天気は午前中だけさ」
力なく応える船長…誰も気がつかなかったが、船長の瞳には怪しい光が瞬いている。
「出発か…気をつけて行ってくれよ。なにせ、大陸の情報はほとんど入ってきていないんだからな」
筋骨隆々の町長が二人を送り出すために桟橋までやってきた。
「だがよぉ。オレって確か船酔いしなかったっけ?」
船に乗った記憶が遥か遠くにある為に確証は持てないらしいが、リルドは船酔いの記憶があるらしかった。
「…あ~…安心しろ、船酔いなんざ気合でどうにかなるってモンだ」
こちらも、適当に相槌を打ってくる。
そんな中、ちゃっかり梅干を抱えて乗り込んでいるカリスは念仏以外を口にする気は無いらしい。
なおも文句を言おうとしているリルドを、船室に押し込んで「達者でなぁ!」と、大声を張り上げて見送る町長…その手には古い誰も読むことが出来ない本が抱えられていた。
「確証は持てねぇが…照れ屋の痣ってぇのは「勇者の紋章」の事じゃねぇかと思うんだよ」
誰も聞こえる事の無い声が船を追いかけていく。
「大陸で剣を見つけてくるか…やられるかは判らねぇが…」
町長の手が獲物のオノに伸びていく。
「最近のモンスターの活性化ってぇのは、魔王の復活の兆しじゃねえのか」
いつの間にかあらわれたモンスター…町のほうからも悲鳴が流れてきた。