遥か昔の事
どんよりとした空は、泣き出すこともある。
波が高い海は、恐ろしく凶暴だった。
こんな天気で出航するのは、単なる馬鹿としか言いようが無い。
「…で、何故こんな日に普通に出航しているかな。自分の運を全て使い切ったって嵐を回避する事なんか出来ないな…それとも、ハイリスクな自分探しの賭けなんだろうか」
海を見つめるリルドは、徐々に波が大きくなってくる海をにらみつけていた。
「しかたがないよ…船長が『今日出航だ』って騒いでいたんだから」
傍らに立つカリスは、既に梅干で船酔いに打ち勝つ試みを諦めてひたすら自己暗示を続けていた。
その、合間での返事は貴重だったが…今、その船長がパニック状態にあった。
「どうしてこんな日に出航なんだよ!」
とか、出航前に言った事を、覆すような事を発しながら一生懸命に舵取りをしている。
船は間もなく舵の取れない状態になった。
波に弄ばれるだけの船…近くには大陸も島も見えていない。
「こういう場合、大物なら大陸まで流されるんだが…」
「それは…物語の読みすぎだよ…普通の人は海の藻屑となるものだよ」
舵と格闘している船長を横目に、ただ船の行く末に流されるままになっている二人。
船の事も知らなければ、嵐を抜け出す方法だって知らないわけで…簡単に言ってしまえば「やれることが無い」。
痣の事とか大陸の事を調べに行く予定だったのに。
このままでは、海の藻屑となるのも時間の問題である。
◇◆◇◆◇◆◇◆
…吹雪が全てを閉ざしているかのごとく城。
本来、そこで吹雪をしのいで生活しているのは人であるはずだった。
しかし、今はモンスターの巣窟となっている…ただ、そのモンスターも野生の物とは違い、ある程度の統制は取れている。
石造りの城の内部…そこかしこには、どす黒い染みが飛び散っていた。
無数の染みの前には屍が転がっており、かつて住んでいた人間だったと知れる。
そんな、モンスターの巣窟となった場所でも好き勝手に徘徊できるものではないらしく。奥の…かつて玉座があった場所には、そこらへんのモンスターは入れないようになっているらしい。
そんな場所を、規則正しい足音を響かせて歩いているモンスター…と呼ぶにはあまりにも人に似た姿をしている…は、一枚の扉の前で立ち止まる。
「魔王様」
静かに響く声で扉に呼びかける…中からの反応は無い。
「無事に、紋章の持ち主を死のふちに追いやる事が出来そうです」
反応が無いまま報告を続けるモンスター…中の様子は伺う事は出来ないが、扉の向こうに『魔王』とあがめる人物がいる…それだけで、高揚するものらしく、扉の前でのモンスターは興奮しているようにも見える。
報告の内容も、自分達にとっての宿敵を死に追いやる事が出来た報告なのだから、余計に高揚しているのだろう。
『それは…確認したのか』
扉の奥から響く音…その、反応にモンスターは一瞬興奮を覚えたが体は硬くなり緊張している。
「…いえ…確認はしておりませんが、あの嵐の中では生きてはいまいと」
力あるモンスターは、そこらのモンスターと違い紋章に近づく事を嫌う。
近くまで行っての確認はしていない…しかし、嵐の中で船が沈んでいくのを確認している。
『そうか…しかし、警戒は怠るなよ…あれは、そこらのゴキブリよりもしぶといからな』
扉の向こうから響く声に応えて、一礼するモンスター。
再び、規則正しい足音を響かせて出口へと向かっていく。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ってか、オレって大物らしいぜ…ついでにカリスと船長も…」
嵐で転覆した船の残骸につかまり流される所まで流されて、見知らぬ砂浜へとたどり着いた。
「この場合、この中の誰かが大物なんだろうね…どうでもいいけど、大陸の何処なの?」
砂浜には何処なのかわかるような情報はなかった。
肝心の船長は残念ながら、気を失っていて応える事は出来ない。
「近くを見て回れば判るんじゃねぇ?ってか、海のモンスターなんて出なかったけどよ」
既に、体力が回復しているリルド…照れ屋の痣も元気良く姿を現しているのは興奮状態を示しているのだろう。
「痣ってそんな形なんだね…なんか、言っちゃ悪いけど…町長の家で見たことある感じなんだけど」
今まで、痣をしっかり見る事ができなかった為に気がつくことができなかったが、はっきりと見る事が出来た今…過去に町長の家の本をあさっている時に見たことがあると言える。
「ッてことは…町長に聞きゃぁ判るって事か…でも、どうやって?」
確かに、町長の本を調べれば何だか判るようだが、今は町ではない…遠いどこかの砂浜である。
「…必ず戻って問いただしてやる!」
そう、心に誓いながら近場を探索しはじめたのだった。