紅玉

遥か昔の話

自作小説

「カリス!!」
目玉の変化にいち早く気がついたリルドの叫びは…しかし、飛び出していたかリスを止める事は出来なかった。
目玉から放たれた光線は、僅かにカリスを逸れていて直撃こそは免れたものの、ただではすまなかった。
いくつかの回復魔法が飛び交う中、カリスは動けないでいた。
「いき…てるのか?」
リルドの疑問が素直に口をついて出る…いくつかの回復魔法のおかげで命の危機だけは回避できたものの、目の前のモンスターを倒さない限りはカリスだけではない、キャラバン隊全体の命が危ない。

目の前が真っ暗になった。

島のモンスターは敵ではなかった…しかし、今目の前にいるのはキャラバン隊のでさえ手こずる相手。
「あんたは下がっていな。客にここまでやらせる気はねぇ…何とか、隙を突いて逃げ出しな」
船長は、残念な事になったがもう一人は助けるから…キャラバンの守人の言葉が、右から左へと素通りしていく。
キャラバン隊だって、この敵に苦戦している…目玉の光線は範囲が広く、その度にキャラバン隊の誰かが負傷している。
ある程度離れていれば、威力はかなり落ちてくるもののそれでも脅威である。

目の前が真っ暗になっていく。

キャラバン隊に言われたように、逃げ出す事が出来ればよかったのかも知れないが。動く事が出来ない。
恐怖だけではない…何かが蝕もうとしている…体の奥底から…何から。
その、何かに抗う為に、目の前の現実から逃げないために。
自分に集中して、何とか動き出そうとしているが…。

暗闇に飲み込まれていく。

暗闇の力は絶大だった…体は暗闇の中の、ただ一点。
目玉だけを見つめている。
体は、何かに命じられたように不自然に動き出す。
目玉の攻撃も、甲殻類に似た足の攻撃もくぐり抜け…敵の急所に肉薄していく。

暗闇の中で何かが命じる…

スベテニ、ミヲユダネロ。

自分ノ中ニ眠ル…力ノ流レニ身ヲ委ネロ。

欲シイノダロウ…全テヲ貫ク力ヲ…欲シガレバ、与エテヤルヨ。

気がつくと光を放つ準備をしている目玉の目の前にいた。
「あんた、避けろ!」
キャラバン隊の誰かが大声で忠告してきた。
しかし、誰がどう考えても間に合わない…キャラバン隊の誰もが、諦めていた…諦めきれない一部の人間が、回復魔法の呪文を唱えている。

「誰だって、力は欲しいさ!」
リルドは呟くように答えを出した…何に、懇願したかは判らない。
ただ、こんな所で死にたくなかった。生きたいという欲望…誰もが普通に持っている欲望ではあるが、この瞬間…純粋に生きる欲望を放ちながら、力を欲した。

ヨク言ッタ…クレテヤルヨ…オ前ニハ、ソレヲ受ケ取ル権利ガアル。

次の瞬間、あたり一面が光に包まれ、轟音が鳴り響いた。
キャラバンの目の前に立ちはだかっていた甲殻類の足は、力なく崩れ落ちていき、動く事は無かった。
光がやみ、目玉のあった場所には焦げた地面と倒れているリルドだけが残っている。
キャラバン隊の回復係りは、すぐにリルドに駆け寄り回復を唱えたが、怪我も無いらしいリルドにはあまり意味を成さなかった。
「…何が起こったんだ?」
誰かが、誰もが思う疑問を口にする。

◇◆◇◆◇◆

「厄介な事になりました…」
北の大地に聳え立つ城…その一室に、まるで人間のように生活をしているモンスターの一人が、誰にとも無く呟く。
「消し去るつもりが、目覚めさせてしまいましたね」
本来なら、自らの危機をもたらす相手の覚醒に…何故か嬉しそうに声を上げるモンスター。
「まぁ、予想していた事ですが…こんなにもあっけなく覚醒するとはおもいませんでした」
モンスターの目の前には、水晶がありそこに映し出されているのは一つのキャラバン隊であった。
「でも、人間にモンスターを埋め込む方法は面白いね…これを利用できれば、多少遠い国にも軍を派遣することが出来るかも知れませんね」
本当に楽しそうに呟いている…今にも踊りだしそうな勢いだ。
「しかし、何人かの人間を補充しないといけませんね…死体でも数を集めるのは結構大変なんですよね」
なにせ、知能の低いモンスターどもは、すぐに食べ始めてしまうから。
出来るだけ、損害の少ない死体を…そんな、事を呟きながら何かを書きとめる。
「今回の実験結果を報告して、是非、軍の強化にも使ってほしいですね」
モンスターと言えども人間と同じように、上司に報告して許可を得ないといけない事もあるらしい。
しかし、仕事熱心らしいこのモンスターは、心底楽しそうに報告書を書き上げていた。