「塊」
「見ないで」
彼女は懇願した。
床にうずくまり、緑色した綺麗な眼から涙をこぼしながら。
「見ないで、見ないで!」
彼女は頭を激しく揺らした。
肩までかかるほどの、銀色の髪も一緒に揺れる。
「私は醜い塊だから。これ以上見ないで。近づかないで!」
最後のほうは最早ヒステリックな叫びに近い。
ぼくは思わず目をつむり、肩をすくめた。
そうして泣きじゃくる彼女に、一歩近づいた。
「ひっ……!」
彼女は後退りしたけど、ここは室内。すぐに背中を壁にぶつけることになる。
裸足で彼女の部屋の絨毯をを踏みながら、距離を少しずつ、だけども確実に音も無く縮める。
それから跪き、恐怖で強張る色白の小顔に、なかなか言うことを聞かない腕をのばし、手を添えた。
ぼくの手から腕に、同じパターンで三日前につけられた爪痕が眼に写る。
「君は醜い塊なんかじゃないよ」
小さな子供をあやすような声色で、優しくつぶやく。
彼女の大きな緑色の瞳は、驚きでふるふると揺らいだ。
「君自身がその眼も髪も嫌っていたとしても、僕はそうは思わない。むしろ、とても綺麗なものだと思うよ」
「ほんと……?」
まだ疑いの目を向ける彼女。
「ほんとだよ」ともう一度囁いた。
すると彼女は手の甲で、ぼくが手を添えたのとは反対の頬の涙をぬぐった。
「ありがとう……」
弱弱しく言い、彼女は僕に抱きついてきた。その背中にしっかりと腕を回す。だけども、上手く力が入らない。
妖しい色の眼と髪を嫌う彼女。
それを、彼女を含めて愛すぼく。
そのせいで自分が痛い思いをしてもかまわない。
歪んだ手足を持つぼくこそが醜い塊で、
シルクのように流れる銀髪と、エメラルド色のガラス細工の眼玉を持つ彼女こそ、このぼくにとって唯一無二の美しさの塊なのだから。