ぺんぎんうどん

ちょみ

ぺんぎんの飼育法とかうどんの通販をやってるワケじゃありません

9月自作/〇〇の秋『まつり 1』

自作小説

 タン、と床板が軽く踏み鳴らされたのを合図に、細くのびやかな神楽の囃子が流れ始めた。
 拝殿の中央で、白い着物と白塗りの面をつけた若者がゆるりゆるりと舞いながら、囃子の調子に合わせてしゃんしゃりと鈴を鳴らす。
 厳かな空気。
 秋の祭だ。
 圭一は境内の隅で石台に腰掛け、ビールの缶を揺らしながら呟いた。
「神社の境界は鳥居だそうだが、実際はあの賽銭箱がそれなんじゃないかと俺は思うね」
 隣でやはり同じようにビールの缶に喉を鳴らしていた白那(しらな)は、白いワンピースの裾を揺らしながらふふふと笑った。
「おかしな事を言うね」
「おかしいかな」
「おかしいさ」
 圭一は笑う白那を気にも留めず、
「だって見ろよ」と賽銭箱を指差した。
「拝殿の中のおごそかさ。あの舞と歌は神に捧げられる供物だ。だけどあの箱を境にしたこちら側に溢れているのは、ただ自分たちの楽しみに溺れる我儘な人間の欲ばかりじゃないか」
 広々とした境内の駐車場に並ぶ屋台と、祭に酔う大人達。小銭を握りしめゲームに興じる子供達。
「秋の祭は収穫の感謝を神に捧げるものだろう? だけどあそこに居る連中に、そんなつもりは微塵も無い。
 そもそもあの賽銭箱だって、本当なら感謝を銭という形に変えて捧げられるものだろうに、中に詰まっているのはみっともないほどの願望と欲ばかりじゃないか。
 神への本当の感謝を捧げているのは、賽銭箱の向こう側だけだろう。違うかな」
 白那は「ふぅん」と薄く笑みながらビールを喉に流し込む。
「圭一は本当におもしろい事を言うね」
「白那はそう思わないのか?」
「私はまたちょっと違う事を考えたさ。
 あの屋台で騒いでいる子供の声も、酔っぱらっている大人の酒臭い息も、案外神様は喜んでいる供物なんじゃなかろうかってね」
「それはまた斬新なイケンだな」
「だってそうだろう?
 人々がこの秋も収穫を喜んでいる。
 自分の膝元でそんな光景を見られるのなら、神様も冥利に尽きるってもんじゃないかい?」
「なるほどね。白那も俺に違わず面白い事を言うよ」
 圭一もビールの缶を呑みほした。
 そのタイミングで、白那が空になった缶を圭一の肩に押し付ける。
「もう一本いくか? 一緒に買いに行かないか?」
「いいや。私はここで神楽を見てるよ」
 にこりと笑って、暗に「買ってきておくれ」と言っている。圭一は朗らかに笑って従った。
 白那はいつもその石台から動かない。動いてもせいぜい拝殿までだった。二人が出会った初夏の祭のその時から。



 初夏祭。圭一はうっすらと汗ばむ額を拭いもせずに、屋台に賑わう駐車場を遠目で見ながら独り黙々とビールを呑んでいた。
 足元に並べられた缶は五本を超えた。とにかく機嫌が最悪だった。
 大学を卒業したものの就職は叶わず、学生時代の恋人はいつの間にか知らない男と結婚する話になっていた。
 ビールをぐいとあおって溜息を吐く。
 不意に冷ややかな風を感じて隣を見やると、白いワンピースの女性が空の缶をひとつ手にしてくんくんと匂いを嗅いでいた。
「もう入ってないぞ」
「そのようだね」
 突然に表れて奇妙な行動をしている女に、けれど既に酔っていた圭一は警戒をするでもなく普通に話しかけてしまった。
「欲しいのならこれをやるよ」
 石台に並べた封の開いていない缶を差し出す。彼女はそれを受け取ったものの、開けるでもなく缶の周りについた水滴をただ舐めている。
「水の味しかしない」
「そりゃそうだろ。自分で開けられないのか?」
 妙な行動を疑いもせずに圭一はプルトップを開けて再び手渡した。
 彼女はそれを喉に流し込み、ふぅとひとつ息を吐いて笑う。
「あちらで皆がいつもこれを呑んでいた。ちょっと興味があったんだ。ありがとう」
「変な女だな」
 包み隠さず明け透けに圭一が笑っても彼女は気にも留めずビールを呑み続けた。
 妙といえば妙なオンナだ。が、圭一は唐突に彼女に興味が湧いてしまった。
 祭に独りで来ているような輩なら、多分に自分と同類だろう。気安さが沸いて自分も次の一本を開けながら、名前を聞いた。
 彼女が口にしたその名前は妙に耳慣れない発音でうまく聞き取れなかったが、
「《しらな》? 変わった名前だな」
 と言えば、彼女は何も言わずにただ笑った。
「俺は佐竹圭一。まぁこれも何かの縁だろう。もう一本どうだ?」
 最悪だった気分はどこへやら、圭一は急に気分の良くなって結局祭の間に二人で十五本ほどの缶を空けた。
 夕刻になり祭の賑わいが最高潮に差し掛かる頃、すっかり酔って眠くなってしまった圭一が
「俺は帰るが、白那はどうするんだ?」と訊ねると
「私はここに居るよ」
 そよそよと流れる風に長い髪を揺らせながら遠くを見つめる。
「そうか。じゃぁな」
 と背中を見せた圭一に
「私はこれが気に入ったよ。時々持ってきてくれるなら、一年たった今頃圭一に幸福をあげてもいいよ」
「なんだいそれは」
 白那の言い様が可笑しくて圭一が石台を振り返り見ると、そこにはただ夕暮れの風が吹くのみだった。

 はたして翌日、しっかりと彼女の残した言葉を覚えていた圭一は、ビールの入った袋を下げて昨日と同じ場所に来た。
 が、彼女はそこに居なかった。
 どこの誰とも得体の知れない女と名前だけを交わして訳の解らない事を言われ、馬鹿正直にビールを持ってきたことを後悔する。
 からかわれたな……一瞬圭一は裏寂しさを覚えたが、石台に座り缶のプルトップを開けるとそんな事はもうどうでも良くなってしまった。
「どうせ他に用事のある身分でもないしな」
 自嘲気味に笑いながらビールをあおって、ふと拝殿を見やると、見覚えのある白い裾が賽銭箱の横で揺れているのを見つけた。
「呑むか?」
 声をかけると白那はにっこりと笑って駆け寄り、圭一の隣に座った。




>> http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=1016286&aid=44056173 に続く

  • かいじん

    かいじん

    2012/09/21 20:55:52

    感謝しつつ羽目を外しとるんですよ(笑)

  • ちょみ

    ちょみ

    2012/09/20 01:14:42

    >スイーツマンさん

    読んでくださってありがとう(´▽`)

    終の伴侶は突然服を脱ぎ……
    もしくは
    終の伴侶は突然巨大化し、炎を吐き散らしながら村を襲った……
    どちらが方向としては良いのでしょうねぇ…

  • ちょみ

    ちょみ

    2012/09/20 01:11:51

    >クマゴウさん

    読んでくださってありがとう(´▽`)

    あぁやっぱり早々にネタバレしちゃいますねぇ^^;

    ハッピーエンドだと自分では思ってるのだけど、
    どうかな…ドキドキ

  • スイーツマン

    スイーツマン

    2012/09/19 23:38:02

    終の伴侶は突然に… 

  • クマゴウ

    クマゴウ

    2012/09/19 23:26:17

    白那は神の使いなのかな?

    〉)続く   ←続くんですね?

    (ハッピーエンドにして欲しいです^^;)