フリージア

金狼の重圧…11

自作小説

「目の前に?」
 ミカミはベッドの方を指さす。
 暗い個室にやっと目が慣れてきた。目を凝らすと、ベッドの上の男には確かに以前見たウルフの面影があった。この生気の無い抜け殻のような男があのウルフだと言うのか?
 全身を使って躍動的に走り、全ての相手を寄せ付けず、EM乗りならば誰もが目標とし憧れていたウルフの姿がこれなのか?その姿の変わりようにバタフライはどうにも声が出なかった。
 「どういうことなんだ?」
 やっと絞り出した声、バタフライは返事の答えを期待しないで、あえてウルフの方に問いかけた。ウルフはバタフライの問いかけにピクリとも反応しない。代わりにミカミが答える。
 「ウルフはずっとこういう状態さ」
 ウルフの目はしっかりと見開いていたが、どこを見ているのか分からない。どこか一点を見つめたまま、眼球は動かなかった。
 「ここに入院し、もう少しで半年ほど経つ。ずっと精神が崩壊したままだ」
 「…崩壊した?」
 「そうだ、残念ながら」
 ミカミは悲痛な顔で冷静に答えた。その顔からは深刻度が計り知れないほど発散している。
 「ウルフ…バタフライが来たよ」
 ミカミの最後の相手が来たと言う問いにも全く反応無し。それについてはミカミはよほどショックだったのか身をくるりと反転し窓の外を見た。
 かつての王者の見る影ないウルフを見てもバタフライはもう疑うことをしなかった。彼は正真正銘、ウルフ本人だ。

 いや、ちょっと待てよ…入院してもう少しで半年?
 それはもちろんウルフが姿を消した時期と重なる。と言うことはこんな疑問が湧いてくる、仁王は誰とレースしたんだ?フォックスは?ライトは?復活したウルフと競ったと言っていたのはなんだったんだ?全ての対戦者を病院へと送ったと言われる張本人が、今病院のベッドの上。それも半年も入院しているだって?
 バタフライの思考はショートしてしまった。何がどうなっているのか、今までのことも何もかも考えられないほど頭の中は真っ白になってしまった。
 それと同時に極単純で怒りにも似た疑問が沸々と煮えたぎる。その怒りは「これではウルフと走れない」からきたものだった。俺はウルフと走るためにここへ来たんだ、ウルフと走れないのに何故俺が呼ばれたんだ?
 頭の中が真っ白になったバタフライは、自分勝手な怒りを憶えたのだ。
 早速、ミカミに詰め寄る。
 「ウルフがずっとこの状態で入院していたというなら、仁王は誰と走って病院送りになったんだ?あれは嘘か?それとも本物のただの噂だったのか?全部ただの噂だったのか?・・・俺はなんのためにここへ呼ばれたんだ?どうなんだよ!」
 「君を呼んだのは他でもない、ウルフとレースしてもらうためだよ」
 一呼吸置くミカミ。ゆっくりと声を出した。
 「彼らが何故病院送りになってしまったのか、それは俺も知らないことだ。ただ…彼らがウルフと走ったと言うのはあながち嘘ではない。走ったんだよ彼らは…ウルフとね」
 さほど大きいとは言えない個室に男が3人。殺気にも近い異様な空気が漂い始めていた。