日記ダイアリー徒然草

あんぴ

どうでもいいことを書いています

クラスメイトがみんな案山子になった件

自作小説



 私が数日ぶりに学校へ行くと、クラスメイトがみんな案山子になっていた。
「今日は久しぶりにみんな揃ってますね」
 担任が言う。
 もちろん驚いたが、とても嬉しかった。私はずっと前から、クラスメイトにかかしになってもらいたいと思っていたのだ。
 いろんな髪型で、いろんな輪郭で、嫌な奴だったりいいやつだったりする、39人の案山子だった。


物理の授業が始まった。いつも笑顔の太った先生が、てくてく教室に入ってきた。教室をゆっくりと見渡してた。
「んじゃ、はい号令おねがいしまぁすぅ」
 そういえば日直だった。私は急いで背筋をのばして、起立と言った。立ち上がったのは私だけ。だってみんなずっと立ったまんまだ。疲れた様子はない。
 先生はチョークを黒板にすべらせ始めた。私もノートを開いて、授業を聞いた。とても静かだった。
「では、この問題ね、今日は30日なんで、引いてね、えぇー、小林君」
 小林君は黙っている。先生はうんうん頷いて、
「はい、10Ωですね、10Ω。キルヒホッフの法則覚えてますか?」
 また黒板に向き合った。一回授業を休んだせいで、私は少しわからなかった。でも周りの生徒に聞くわけにもいかないので、わかったふりして頷いた。
 一番前の席でよかった。前に案山子がいたら、ずっとそんな立ってられたら、黒板が見えなくて困っていたはずだ。隣の席の小林君は、いつもどおり、黒縁のメガネをかけている。秋葉さんもいつもとおんなじポニーテールだ。なんにも変わってないみたい。
 だけどみんな案山子だった。体は棒で、ポキって折れそうで怖い。制服を着ているけど、マネキンの方がもっとまともに着こなせるだろう。
 なんでかかしになっちゃったんだろう。Aいいやつだったのにな。Mさん大切な友達だったのにな。Uともっと話したかったのにな。でもよかった。すごく静かになった。目を瞑ると気持ちよかった。
 

 もっと早くになってくれればよかったかもしれない。そうすれば、あんなやる気のない音楽祭も体育祭も、やんなくて済んだのに。みんなだって、「かったるい、やってらんない、めんどくさい」なんて何回余計に言わされてたんだろう。
 

 休み時間になって廊下に出ると、やけに静かだった。ほかのクラスの人もみんな、案山子になっていた。隣のクラスも、その隣のクラスも、みんな案山子だった。遠くの学年から、笑い声が聞こえてくる。私たちは静かだ。
 二酸化炭素を私だけが出している。嫌われ者のSさんも、人気者のSも、私の苦手なYくんも、みんな案山子。静かで落ち着く。
 廊下で男子が群れている。窓辺でいつもどおり1組の石原さんたちが話している(ように立っている)。チャイムが鳴ったので、私は彼女たちに言った。
「授業が始まっちゃうよ」


 給食の時間になった。私は給食当番じゃないわけなんだけど、誰もやってくれそうにないし、仕方なく私一人でやることにした。
 給食室からワゴンを運んできて、私と先生の分だけ給食を給仕した。みんなのを作るのには、時間が足りなかった。班の形にするのも大変そうだったので、私の周り数人だけ、向い合わせにして食べることにした。
 担任の先生が入ってきた。
「今日は準備が早いですね」
 いただきますも私が言った。担任は教卓で周りの案山子と話しているようだった、私は案山子と給食を食べた。
 担任は仕事があるようで、早めに片付けていなくなった。私が食べ終わったから、給食は早めに終わりにした。午後の授業までに全部片付けなければいけなかった。給食は随分余ってしまった。


 静かな一日だった。帰りのHRになっても担任が来ないので、日誌をもって職員室まで呼びに行った。途中の廊下でたくさん生徒とすれ違ったけど、みんな案山子だった。学校中静まっていた。休日に忘れ物を取りに行ったとき、ちょうどこんな感じだったなぁ、と思った。
 職員室に入ったら、先生達(案山子)が一心不乱に仕事している。担任(おそらく案山子)はいない。仕方なく日誌を机に置いて教室に戻ると、担任(やっぱり案山子)は教卓の立っていた。
「遅れてすいません」
 私は席に着いた。日直として号令をかけてHRを始めた。明日の連絡をして、先生のお話しを聞いて、帰りの号令をかけた。


 いつもはすぐにわらわら出て行くみんなも、今日ばかりは静かに教室に留まっている。まどから外を眺めると、道路にはたくさんの案山子が歩いている(立っている)。器用に自転車に乗っている。
 掃除をしなきゃいけなかったけど、部活にもいかなきゃいけなかったんだけど、私はなんだか疲れた気分で、寂しかった。もう帰ろうと思った。
 バッグを持って、階段を下りて、昇降口まで行って、家の鍵を忘れたことに気づいた。仕方がなく、もう一回階段を上っていった。教室の扉はしまっていて、私は体力を振り絞って扉を開けた。

 






 教室の中にはクラスメイトたちがいた。案山子だった。39人の案山子が、それぞれの席にたっていた。
 ひどく疲れた足取りで、私は私の席まで行った。静かで落ち着くはずなのに、なぜだか苦しかった。教卓にたって、周りを見渡した。それは案山子だった。クラスメイトじゃなかった。案山子だった。
「案山子になったからって解決するわけないじゃないか!」
 私は怒鳴った。
「お前らなんて、ずっと前から大っ嫌いだよ、死んで欲しかったんだよ」
 喉まで給食がせり上がってくる。今にも吐いてしまいそうだった。
「ずっと頑張って擦り切れてきたのになぁ、なのにみんな毎日がつまらないつまらないって」
 どうすりゃいいのかなんて、とっくに分かんなかったよ。誰と話しても、誰と笑っても、すごく疲れてたんだよ。私たちの毎日はほんとにつまらなかったのかな。つまらなくしてたのかな。みんなが捨てて新しく探しに行った日常を、私はピカピカに磨いてたんだけど、そんなことでボロボロになるくらいなら、早く諦めてればよかったよ。
 嫌いな学校、嫌いな町、嫌いな星。でもさ、現実そこにしかなかったんだ。だから頑張ったんだけど、だけど今、みんな案山子じゃないか。疲れなくて済むよ。無理しなくていいよ。
 だけどみんな案山子じゃないか。

 案山子をみんななぎ倒していく。友人をへしおった。
 最後にたどり着いた静かさは、やっぱ気持ちよかった。