恭介

初夢の続きは (10)

学校

誰が描いたシナリオを演じているのだろうか?

想いを隠す者

想いを知る者

想いに悩む者

かけがえのない幾つもの偶然が必然と変わる時

見えない力に引き寄せられるように、次の場面が動き出す。

放たれた突風は、空高く舞い上がり

忍び寄る企みは、あでやかで切ない




枯れ葉は静かに舞った。

流れる風に ただ吹かれるままに…。






『初夢の続きは』 scene10 『衝突』






季節は冬に向かっているというのに、午前中は穏やかな暖かい日だった。

そのため昼休みに中庭でお弁当をとる生徒の数も少なくなかった。

優はそこへ向かうドアに手を掛けたまま、大きく深呼吸した。

「よし!」

中庭へのドアを勢いよく開けると、やや強い風が吹き込んで来て優の髪を揺らした。

その風をまともに受けると、覚悟は少し揺らぎ前へ進むのが躊躇われた。

けれども優は胸にかかえた弁当箱を一度強く抱くと、中庭へ向けて一歩を踏み出した。




「遅かったじゃない」

日の当るの階段部分に腰掛けていた梅子は振り返らずに声を上げた。

しかし彼女の言葉には怒りも焦燥もない。

それはいつもの決まった友人との、ちょっとした秘密の合言葉。

「ごめんごめん」

そう答えるルーズな友人の声で、このやりとりは完結するはずだった。

けれども待てど暮らせど、対になった合言葉は返ってこなかった。

梅子は、いつまでも無言で立ったままの友人を不審に思い、ゆっくりと振り返った。

しかしそこに立っていたのは、梅子の思い描いていた友人ではなかった。

「優ちゃん?」

「こんにちは、篠田先輩」

梅子は奇妙な違和感を覚えた。

優は口元に笑みこそ浮かべてはいるが、

目には強い意志を携えその奥底はまるで怒っている様に感じた。

(なんだろう? このちぐはぐした感じ)

思い浮かんだのは、昨日読んだ本の一説。

『人の良さがのぞく笑いもあれば、歯がのぞくだけの笑いもある』

今の優の笑顔は間違いなく後者であった。

「あの~お昼、一緒にいいですか?」

「あ、え? どうぞ」

まったく予想外の申し出に、梅子は少し戸惑いそう答えた。

「ありがとうございます」

一礼すると優は梅子の横に、ちょこんと腰掛けた。




「これ自分で作ったんですか?」

優は梅子の弁当を覗き込むと、感心したように声をあげた。

「ええ、そうよ」

そう答えた梅子の返事は優の耳には届いていないようだった。

すでに全神経は、梅子のお弁当に注がれていた。

料理の腕を審査するかのように、じっと食い入るように……。

やがて点数付けは終わったらしく、梅子の方へと向き直った。

「篠田先輩、私のお弁当も見てください」

そう言うと自らの弁当箱の蓋を取ってみせた。

梅子は身を乗り出して中身を確認したが、何も入っていなかった。

目を凝らしてもう一度見ると、紙切れのようなものが一枚入っているのが確認できた。

(これどういうことだろう?)

意味がわからず、首を傾げ考え込んだ。

優は、にこやかに微笑んでいた。

「どうぞ、篠田先輩のために特別に作ったんですよ」

その抑揚のない冷静なセリフに梅子は少しムッとして、つい声を荒げてしまった。

「あんたねぇ~! からかってるの?」

「いいえ、どうぞ手に取ってください」

再び落ち着いた口調で悪びれず言い放つ優に、梅子は少し恐れを感じていた。

しかたなく言われるがまま、紙に手を伸ばし掴んでみた。

それは写真のようで、裏側の余白には、数字が書かれていた。

(う~ん日付かな?)

写真を裏返し、写っているものを見て梅子は絶句した。

「何で、あんたがこれを……」

梅子はキッっと優を睨みつけたが、優はまっすぐ梅子の目を見つめ返しているだけだった。




ひとしきりの沈黙の後、まず口火を切ったのは優の方だった。

「随分ひどいことするんですね。 篠田先輩」

何のことを言ってるのかわからないまま、梅子は優の次の言葉を待った。

「松梨先輩に謝ってください」

抑えの効いた声で、語りかけるように優は言った。

「松梨先輩は未来を見れていない、ううん未来から目を背けている。

 私それは貴方のせいだと思うんです」

「え……」

畳み掛けるように言葉を浴びせる優に、梅子は少し呆気に取られていた。

語気が決して強いわけではない。

ただ淡々と紡いでいるだけの言葉なのに、まるで飲み込まれてしまいそうになる。

「貴方にはその未来はないの。 その未来は望んじゃいけないの。

 だから貴方のことで彼女が悩むなんてもったいないの! そんなのおかしいでしょ?」

一転、堰を切ったように優は声を荒げた。

「なんなの? なんなのよ勝手なことばかり言って! あなたにはわからないでしょ!」

今度は梅子が語気を荒げた。

「ずるいわ」

「何が!?」

「わからない、そう言ったらちゃんと説明してくれるの? ねえ?」

優は、梅子に掴みかかっていた。

「だったら説明してよ! 私には、どうわからないかちゃんと説明してよ!」

「何を言ってるの? 離してよ!」

梅子は優を離そうとするが、離れない。

身長も、体格も梅子の方が勝っている。

けれど梅子は優に気圧されていた。

「貴方は秘密ばかりなのよ! その秘密は色んな人を傷つけるの! そうでしょ?」

そう言われて梅子は、唖然とした。

(この子、どこまで知っているの? ……)

様々な予想が梅子の脳裏をかすめた。

「悟先輩の事だって、貴方がややこしくしてるんでしょ?」

「……え!?」

予想外の人物がセリフに登場したことに梅子は動揺し、

肯定とも否定とも取れない曖昧な返事をした。

急に手から力が抜け、するすると優を離してしまった。

その時けたたましい足声とともに、聞き慣れた声が2人の間に割って入ってきた。



「ちょっと2人とも! 何やってるのよ」