よかろうもん♪

西の魔女

思いつきで放言するいい加減な日記

記憶の封印

日記

今日は終戦記念日。
私の父は特攻帰りです。

1度飛び立って引き返したのではなく
間も無く飛び立つ予定の時に終戦を迎えたのです。

戦後の激動の時代を生き抜き、なんら恥じるところの無いはずの彼の人生なのですが
特攻隊の一員として、多くの戦友の2度と帰らぬ背中を見送った記憶は
年月を経ても決して風化するものではなかったようです。

日頃から多くを語ったわけではありません。
苦しかったこと、意外にも面白かったことなど
本当にちょっとしたエピソードを、昨日のことのように事細かに語る日が時々ありました。
おどろくほど些細なことまで鮮明な記憶でした。

ただ、途中で必ず困った顔をするのです。
「名前が思い出せんのだ。誰一人。顔や声は感触までシッカリ残っているのに
 名前が全く出てこない。」
急にそう言いだすと、悲しそうな表情のまま話をやめてしまいます。

心の奥深く封印してしまっていたんでしょうね。
記憶しておくには、あまりにも重すぎた・・・・

父が出撃命令を待っていたのは、福岡県内の太刀洗というところです。
九州とは無縁のところで生まれ育った父が命を差し出すべく待機していたのは
偶然にも晩年を過ごす事になった福岡の近郊だったのです。

そこには個人の方が貴重な資料を展示した「太刀洗平和記念館」というものがあり
父も何度か訪れたことがあります。

http://kurumenmon.com/tatiarai/tatiaraihikoujyoukanren/heiwakinenkan.html

民間から町営の記念館として、この秋生まれ変わる予定で今は閉じられています。
実は、民営の時のパンフレットに使われた「英霊達」の写真には父も写っていました。
出撃前の集合写真・・・生き残ったのは父だけのはずです。

10月の新記念館オープン式典には、父も招待されていました。
楽しみにしていましたが、正月に戦友の元に旅立ち出席はかないませんでした。

帰りの燃料を持たぬ彼らは、心の封印を解き懐かしい名前を呼び合いながら
自分達の歴史を語る記念館を空の彼方から見守ることになるのでしょうね。


#日記広場:日記

  • 西の魔女

    西の魔女

    2009/09/14 15:32:58

    そうですね。
    感覚が麻痺すれば、また繰り返される。
    人間の悲しい性質です。
    自らの記憶に責め苛まれる人が無いような世であれば一番良いのですが・・・

  • ぷっちょ会長

    ぷっちょ会長

    2009/09/14 15:26:48

    黒猫手毬さんのところでブログのことを知りお邪魔させていただきました。
    戦後命からがら帰って来たものの、最後まで口を閉ざしたまま亡くなられた方も大勢いらっしゃるとのこと。
    今、語り継ぐこと、歴史の証拠を残すことの大切さをしみじみと感じています。

  • 西の魔女

    西の魔女

    2009/08/16 13:52:11

    >ぴゅーたさん
    戦争がなくなるというのは、みんなが願っていることのはずなんですが・・・・
    無くなりませんねぇ・・・何故なんでしょう?理想に勝る目先の欲望ってどれほどのものなんだろ?

    >KINACOちゃま
    私の存在が、僅かばかりでも父の懊悩を緩和したのならば生まれてきた甲斐がありますね。
    保存されていた冷たい駅舎の地下道に入ると、どこからともなく悲しい念が降りかかってくるんです。
    新しい施設に移転したら、あの古い駅舎は壊されてしまうのかな?
    あれこそが歴史の証言。置き去りにされた思いの居場所だと思うんですけど・・・
    捨てなきゃならないもの、捨ててはならないもの・・・考えなきゃならないと思います。

  • 西の魔女

    西の魔女

    2009/08/16 13:43:45

    >ゐっきゅぅさん
    うんうん、今ようやくね・・・肩の荷がおりたと思う。
    背負ってたんだよね~一生ずっしりと。
    スッキリした笑顔で再会したことと思っています。

    >朱華さん
    人間ってどこまでも残酷になれるからねぇ・・・しかも、その状態にすぐに慣れる。
    物書きが騒ぐ時は本当に危ない時代の流れになってると言いますね。
    ちょうど船ネズミのようなものなんだと・・・
    ニコきっての物書きであるKINACOちゃまが最近騒いでるってことは
    結構平和ボケ日本も危ないのかもしれません。
    思い出せないような記憶が新たに生まれないように願いましょうね。

    >みっきーーさん
    運が良かったとは思ってなかったようですね。
    もちろん、周りからは随分と運が良かったって言われてましたけど・・・
    釈然としない思いだったんだろうと思ってます。

  • KINACO

    KINACO

    2009/08/16 03:13:46

    大刀洗にいらしたんですね。

    一日でも二日でも、終戦が遅ければ、お父様も飛び立たれていたのかもしれないのですね。
    しばらくは、拾った命と、苦悩なすったことでしょう。
    生きている喜びを感じるには、随分と時間が掛かられたことでしょう。

    娘の誕生と、成長が、「よろこび」を思い出させてくれたのかもしれないですね。
    この役は、男の子供じゃできません♪

  • ぴゅーた

    ぴゅーた

    2009/08/16 00:20:32

    ん~。。。
    体験したことのない自分には想像もつかない現実です・・・。

    いつになったら戦争はなくなるのか・・・

  • みっきーー

    みっきーー

    2009/08/15 23:03:31

    はたから見ると、運が良かったって思いますが
    お仲間を亡くされとても辛かったでしょうね

    いまはお仲間と一緒にいらっしゃるのでしょうね

  • 朱華

    朱華

    2009/08/15 23:00:50

    昨日かな、NHKの終戦特集で
    沖縄のおじいちゃんが言ってました。
    戦争のことは、本当のことは話せないよ。話したら、まともではいられなくなる。と。
    魔女様の仰るように、封印なさっていたのでしょうね。

    自国の若者を、爆弾代わりに使う国が、
    薄れてゆく戦争の記憶と共に、永久に消え去ってくれますように。

  • ゐっきゅぅ

    ゐっきゅぅ

    2009/08/15 21:20:18

    当時の語り手の方がどんどん減っていきます。
    こういう施設に力を入れて欲しいものですね。

    お父様は残念でしたが、皆と再会したでしょう。