ウイルス戦争 神は死んだ

妖刀 さゆき

merchu(メルチュ)

シャーロックホームズ「ワトスン医師のその後」1

自作小説

       ワトスン医師のその後

 私とシャーロック・ホームズとは長い親密な交際をしてきたが、探偵を廃業してからは
たまに尋ねていって話をする程度になってしまっていた。
彼は《最後の挨拶》事件を最後にサセックスの丘陵地帯に隠居し、養蜂と著作だけをやっていた。
こうなっては私も彼と仕事を共にするわけにいかなくなり、ベーカー街二二一番地Bの下宿も引き払う事になった。
ここで問題だったのが、床の至る所にある染みと穴だった。
ホームズは時折、化学実験をやっていたから薬品が零れることも多々あった。
その為カーペットもひいていなかった床は酷い状態になっていたのだ。
「これはなんとかしていただかないと…」
 家主のハドスン夫人は床の状態を青ざめて見回していた。その彼女の目は新たな異常を見つけた。
「まあ、こんな所にも穴が」
 そこは以前、ホームズが拳銃で壁を撃った時に出来た弾痕だった。
私は思わず天井を仰いだ。
ホームズは自分の書物、実験機具や私が書いた発表済みの事件簿全てを持って新たな住居に引きこもってしまったので、
その後の処理は全て私がやらなければならなかった。
しかし貸部屋の損傷は大半がホームズの仕業だったのだ。
私はハドスン夫人に何度となく謝り、多額の修理費を置いていく破目になった。
 こうして散々な事後処理が終わると、ふと私はこの先どうするべきかと思い当たった。
今までは急なホームズの引退宣言に振り回されたので気づかなかったが、彼と別れた今となっては生きていく術が私には残されていなかったのだ。
医者の仕事を続けようにも前に営業していた診療所は権利共々、売り払っていた。
妻には先立たれ、手元には大した金も残っていなかった。
診療所を売った金は思いの外多かったが、なにせホームズが儲けにもならない事件ばかりにあたっていたので、当然私の分け前は少なかった。
事件簿を新聞や出版社に買い取ってもらったりして何とか食いつないだ時期もあった。
「これからどうしたものかな」
 木枯らしが枯葉を吹き飛ばす夕暮れに私は途方にくれた。
ロンドンもこの季節になると寒さが堪えてくるので、どの家でも暖炉やストーブを使う。
そうすると煙りが通り中に充満するのだ。これが霧の都ロンドンの正体である。
冬に近づく度、肩の古傷が痛む。第二次アフガニスタン戦争で軍医として第五ノーザンバランド・フュージリア連隊にいた頃負傷したものだ。
それで私は体力の回復を兼ねて9ヵ月間の静養を得たのだ。
その療養先にこのロンドンを選んだ。
それが間違いだったのだろうか。
この時シャーロック・ホームズと出会いさえしなければ私はまだ、開業医をやっていただろうし妻に先立たれることもなかった筈だ。
もっとも妻とはホームズとの事件を通して知り合ったのだから、当然別の女性と結婚していただろうが。
 あてもなく茫然と歩いていると、歩道にフランケンシュタインがいた。
と言ってもフランケンシュタイン博士の事ではない。
博士が造った怪物が歩道にいたのだ。
その身長はニメートルを軽く超し、肩幅も相当なものだった。
怪物は見覚えのある小柄な男に近づいていった。
男は最初、怪物に驚いていたが何やら話をした途端に安心した顔つきになり、コカインの入った瓶を売った。
怪物は買ったコカインを持って去ろうとした。そこで私は怪物を慌てて追った。
「おい、待てよ!」
 怪物は私の声を聞いて、走り出した。ニメートルもある怪物が声をかけられた程度で逃げ出すだろうか。
そこで私は確信したのだった。
「待てよ、ホームズ!友人に逢って逃げ出すことはないだろう」
 怪物はそれで観念して立ち止まり、振り返った。
そして頭を取り、首もとあたりから本物の顔を出したのだ。
長い間、変装していたからかホームズの額には汗が出ていた。
「驚いたよワトスン。まさか君にこの変装が見抜かれるとはね」
 私は歩いてホームズに近寄った。
「いや、あの変装は見事だったよ。
君が昔、ひいきにしていたコカイン業者からその瓶を買わなければ私だって気づかなかったさ」
 ホームズが探偵業をやっていた頃、彼の興味を引くだけの事件が全く発生しない期間が度々あった。
そういった暇な時、ホームズはよくコカインにふけっていた。
医師である私はかなりの努力を要してそれを彼に止めさせたのだ。
しかし養蜂と著作という隠居生活がスリルと謎に満ちたもので無いことは誰にでも分かることだった。
それでホームズは昔の悪癖が戻り、再びコカインに溺れようとしていたのだろう。
 ホームズはフランケンシュタイン博士が造った怪物に化けるための衣装を全て脱いだ。

「以前、ワトスンが洞窟で私を待ちぶせしていたことがあったね。
その時入口付近で捨ててあった煙草から、僕は君が居ることに気づいた。
今度はワトスンがひいきのコカイン業者で気づいた訳だ」
「おあいこだね」
 和やかな会話であったが私はホームズからコカインの瓶を取り上げようとした。
しかし彼は日本の武術を体得したほどの男である。
素早くかわされてしまった。
「だめだよワトスン。僕から唯一の刺激を奪わないでくれ」
 ホームズは私から離れようとしていた。

  • 妖刀 さゆき

    妖刀 さゆき

    2013/11/17 04:43:27

    暗号解読系の話は面倒だしワンパターンでした。

  • sakino

    sakino

    2013/11/16 21:49:53

    シャーロックホームズ結構詳しいのね かなりの読者だとお見受けいたしました。