どうしても書いて置かなければならない事。
馬鹿韓国が伊藤博文を誤解している。 大韓帝国は冊封体制から離脱したものの、満州に権益を得た帝政ロシアが南下政策を取りつつあった。当初、大日本帝国側は外交努力で衝突を避けようとしたが、帝政ロシアとの関係は朝鮮半島や満州の利権をどちらが手に入れられるかで対立した。大日本帝国とロシアは満韓交換論などめぐり交渉を続けたが、両国の緊張は頂点に達した。1904年(明治37年)には日露戦争の開戦にいたる。 大日本帝国政府は開戦直後、朝鮮半島内における軍事行動の制約をなくすため、中立を宣言していた大韓帝国に軍による威圧をかけた上で、1904年(明治37年)2月23日に日韓議定書を締結させた。また、李氏朝鮮による独自の改革を諦め韓日合邦を目指そうとした進歩会は、鉄道敷設工事などに5万人ともいわれる大量の人員を派遣するなど、日露戦争において日本側への協力を惜しまなかった。8月には第一次日韓協約を締結し、財政顧問に目賀田種太郎、外交顧問にアメリカ人のドーハム・スティーブンスを推薦して、大韓帝国政府内への影響力を強めたり、閔妃によって帝政ロシアに売り払われた関税権を買い戻すなどして、大日本帝国による保護国化を進めていった。」
正に韓国併合に反対していたのは伊藤博文で在った。
私の知る限りと言うか、私が子供の頃の大人の結構内情に詳しい人からの説明では
当時、韓国は中国とロシアが大韓民国(今の北朝鮮と韓国の合わさった部分)を
狙っていた。
どちらも自国に隣接しており、更に重要な海に面していた。
ロシアに取って最大の南下政策の拠点になる部分であり、中国も同じで在った。
其の為に両国とも工作員を深く大韓民国政府内部にまで入れていたと思われる。
中国の一部になる事を推進する中国派とロシアにつくロシア派と
大韓民国を独立させたままにして置きたい派に分かれていた。
其の中国にもロシアにも付きたくない韓国を独立させて置きたい派が
日本へ併合を持ちかけて来たのである。
当時の国際社会も其れを後押しする形だった。
だが、其の話に伊藤博文は反対をしていたのである。
伊藤博文が反対している為に韓国併合は進まなかった。
それ以外にも日本国内での反対意見は多かった。
=============
「、「朝鮮を自国領土に組み込み朝鮮人を皇民とせしは皇国民の質の劣化である」という見地により、反対の意見も根強かった。併合時に必要となる莫大な資金の負担についても政財界より併合反対の意見があった。」
ウィキより
================
伊藤博文が韓国併合へ反対の立場を取っていたのは私の子供時代の説明では
常識的認識のようであったと記憶している。
つまり伊藤博文は日韓併合に反対していたのに韓国人に暗殺されて・・・というのが
其の説明で在った。
其の後、其れを裏付ける資料として
=================
「、「伊藤博文は、韓国を保護国とするのは韓国の国力がつくまでであり、日韓併合には否定的な考えを持っていた事を裏付けるものだ」としている。
ウィキより
=========================
ロシアの南下を阻止する事は当時の大韓民国政府のロシア工作員でない殆どの部分と日本と利害が一致していた。
其の為に日本の政府のロシアの南下を懸念する部分と当時の大韓民国のロシアの南下を阻止したい部分にとって
日本における「日韓併合反対派」は厄介な部分だった。
================
「
うぃきより
===================
日本と大韓民国が協力して大韓民国へのロシアへの進出を共同で阻止しようとしたのである。
しかし日本国内の「日韓併合反対派」の存在の為になかなか進まなかったのが
伊藤博文の暗殺で一期に「日韓併合」が加速したと言われて居る。
体調不良の中、やっと之だけはと書いたけど、
戦後、韓国が某新聞の影響で「従軍慰安婦」だの「強制連行」だのと
言って来なかった前までは此れが普通の歴史認識だった。
つまり当時の日本には国民は「日韓併合」に多くの人が反対の考えだったし、伊藤博文の反対だった。
其れが韓国人に其の伊藤博文が暗殺されてから、一期に「日韓併合」まで
進んだ。
軍部や政府はロシアの南下政策を懸念していたが、
両国民はそれ程深刻にロシアの南下政策に危機意識を持っていなかった。
と言うのが後後の両国民の感想であった。
案の上、日本から韓国へ莫大な資金が行って、韓国を近代化した。
==============
「1912-1913年の在日アメリカ大使 Larz Anderson の妻で作家の Isabel Anderson が、日本へ赴任の際に韓国に立ち寄った時の手記によると、「寺内総督統治の下、韓国に多くの発展があった。これは、地元の人と征服者の間に摩擦無く成し遂げられるとは限らないが、その結果は確かに驚くべきものだと認めなければなるまい。政府は再編成され、裁判所が確立され、法が見直され、景気が良くなり、交易が増えた。農業試験場が開設されて農業が奨励され、内陸から海岸まで鉄道が敷かれ、港が浚渫されて灯台が建立された。韓国への日本の支出は毎年1,200万ドルに上っている。」[
うぃきより。
=========================
のたもた
2013/11/27 04:14:43
久瀬弥勒様
本当に彼らは馬鹿ですよ。
自分達で自分達の首を絞めるような事を平気です。
韓国の反日デモに世界の反応
===============
【国際】韓国のキジ虐殺デモを見た外国人の反応
http://maokapostamt.jugem.jp/?eid=4489
=================
のたもた
2013/11/27 03:56:52
たかゆき様
そうなんですよ。
私の年代の祖母は明治生まれ、私の日本史を詳しく習う時代の高校時代の大人は皆戦争を知っている。
日韓併合時代の日本に住んでいた日本人。
多くの日本人が日韓併合に反対していた事も、伊藤博文が日韓併合に反対していた事も
併合するなら日本から膨大な金を引き出して近代化をさせる事を言っていた事も
知っています。
正に其の事を知ってから日本国民の多くが「日韓併合」に反対をしていたのですから。
軍部はロシアの南下政策を危惧していて、韓国政府もロシアの属国になりつつあるのを懸念してした。
だが、ロシアに擦り寄らなければ中国が南下してくる。
だから韓国政府は日本へ併合を頼み込んで来た。
欧米諸国もロシアの南下と中国の南下に懸念を持っていて、
欧米諸国も認めた併合で「植民地」では、ありません。
国際社会が認めた正式の「日韓併合」です。
当時は伊藤博文の力はカリスマがありましたから、
彼が納得しないと日韓併合は進まなかった。
彼の死で「日韓併合」があれよあれよと思う間に決まってしまったのは
よく大人達が怒って話してましたよ。
余程「日韓併合」に多くの日本人達が反対をしていたのがよく解ります。
福沢諭吉の「脱亜論」と同じ考えの日本人は大勢いましたからね。
今世界が韓国人を嫌っているのは其れだけ韓国人が多くの国に入り込んで
其の本性がわかったからでしょう。
日本人は当時から不法入国で嫌と言うほど彼らの本性を知っていましたからね。
久瀬弥勒
2013/11/26 16:15:28
馬鹿ですから。なにせ「馬鹿」ですからwww
己のプライドのためならば歴史も司法も捻じ曲げるなんちゃって民主主義ですからねw
彼らに国家運営は、まさに1000年早かったということでしょうね。
たかゆき
2013/11/25 23:49:13
体調はどうですか?
ご自愛してください。
伊藤博文が暗殺されて一気に併合への流れができたことは少し学べば分かることです。
その伊藤博文を暗殺した人物を英雄扱い…。
自分で自分の首を絞めただけなのに…。
のたもた
2013/11/22 00:55:49
アナスタシア☆様
伊藤博文の暗殺は世界各国の人々が悲しみました。
そのことを書いてある所を探したのですが、
昔の本か何かで読んだ記憶で、弔電の文章も世界中から来たと思います。
============
「
韓国人が公を暗殺したことは、特に悲しむべきことである。何故かといえば、公は韓国人の最も良き友であった。日露戦争後、日本が強硬の態度を以って韓国に臨むや、意外の反抗に逢った。陰謀や日本居留民の殺傷が相次いで 起こった。その時、武断派及び言論機関は、高圧手段に訴うべしと絶叫したが公ひとり穏和方針を固持して動かなかった。当時、韓国の政治は、徹頭徹尾 腐敗していた。公は時宜に適し、かつ正しい改革によって、韓国人をして日本統治下に在ることが却って幸福であることを悟らせようとし、六十歳を超えた 高齢で統監という多難の職を引き受けたのである。公を泰西の政治家と比較するに、公はビスマルクの如く武断的でなく、 平和的であったことはむしろグラッドストンに類するところである。
— エルヴィン・フォン・ベルツ
」
=====================
私の記憶は朝日新聞の捏造記事に韓国が乗せられる以前の伊藤博文に関しての文章を読んだ物で
中国、ロシアに狙われた大韓民国を中国とは違った独自の文化を持つ国として
独立国として扱ったと思う。
当時は中国が大韓民国を属国扱いをしていた。
其れに卑屈にならず、独立した国家としてプライドを持つようにと努力していて
彼をよく知る外国人は韓国人に彼が暗殺されたことを驚きと
韓国人の民度の低さを嘆く人が多かったと思う。
朝日新聞の捏造記事に韓国が乗せられる前までは
普通に「日韓併合に反対していた伊藤博文の死以降、
日韓併合派が有利になって併合への一気に進んだ」と記憶している。
伊藤博文は併合したとしても、中国、ロシアの圧力をある程度はねのける力を持ったら
併合は破棄するのならと言う考えだった様に記憶がある。
その条件をつけた為に日本国民の多くは大韓民国への日本国民の膨大な税金が
行くことに反対する人が多かった。
また、治安の悪化を懸念する人も多かった。
つまり現実に当時の現存している写真でもわかるように未開の地から日本へ
不法入国してくる韓国人が多く、犯罪者となる人が多かった。
アナスタシア☆
2013/11/21 17:22:58
反対してる人を暗殺してどうしたかったんでしょうね?
韓国の大統領が共通の歴史を…とか言ってるけど、ご冗談でしょ。
何が楽しくて嘘の歴史に変えなきゃいけないのか?
各国に日本の悪口言ってるようだけど、今までで最低の大統領なのでは?
韓国の国民が内側から自分の国を正さない限り、
あの国の発展は来ないでしょうね。
体調が良くないのにブログお疲れ様です(*^_^*)