伏見稲荷 その8 -京都スピリチュアルツアー
両側に杉の木が茂る薄暗く広い舗装された坂道を下っていく。左側に清明滝という案内板が見えてきた。
薄緑色のお揃いの作業着を着た男の人たちがなごやかに働いていた。庭の手入れをしているようだ。大きな石を抱えてうごかしている。
経丸が頭を下げて挨拶するが、誰一人気にもとめないで作業を続けていく。
佳が実留に小さな声で話しかける。
「ねえ、さっきから人がひとりもいないんだけど、気が付いていた?」
「うん。あんなににぎやかにたくさんの人がいたのに、いつの間にかいないね。」
峰の上の道から谷へ降りたとき、石段の上に落ちていた、ヒバの枝が門を示すように開いているのを見た。あれから人の声が聞こえない。
ヒバの枝は異次元への門だ。森や町へ入る前に、ここが境界線だよというように道に落ちている。ヒバの枝が閉じていたら、そこからは入らない方が無難だ。特に注連縄の張ってあるような場所や山道などでは通らないか回り道をしたほうがいい。
次にヒバの枝の門がある場所まで人には会わないだろうと実留は佳に告げた。
「そういうものなの?」
「うん、行っちゃいけないときはしっかり閉まっているよ。新宿の抜け弁天で無理やり通ってひどい目に遭ったことがある。」
「じゃ、ここは入っていい場所ってこと?」
「もしかすると、経丸が初めに教えてくれた、今日だけしか入れない道の上にいるのかもしれないね。」
「そうか!改めてからだが震えてきた~」
「寒い?」
「ううん、武者震い」
清明滝を左に見ながら通り過ぎようとする経丸に二人はちょっと慌てた。
「経丸、わたしたち、陰陽師ツアーで京都に来ているんだよ。清明滝は絶対見逃せないよ」
「ああ、そうだったね。観光もしなくちゃね。ここは特に見るものはないよ。だけど、ちょっとそばを歩いていこうか」
実留たちが清明滝に近づいていく。庭の手入れをしている人たちは全員が庵の中に入って行く。
「あ、もしかして邪魔しちゃったかな?」
「気にしないで大丈夫」
「何をしているのかお話聞きたかったね、経丸の仲間の人たちなの?」
「ああ、いっしょに働いているんだ。ぼくが知っているよ。この清明滝は水行をする場所なんだ。春分の日から水行をとる人が多くなるから掃除や修理をしていたんだよ。ほら、苔とかきれいにするんだ。」
苔の緑がグラデーションを描きながら、山の上へと緩やかに延びていた。太陽の光を受けて露がきらきら光っている。
清明滝はきちんと長四角のタイル状に切った石を8畳ほどの広さに敷きこんであった。2メートルもある上から樋を伝った水が一筋流れ落ちていた。
夕陽に映えた水がオレンジ色に輝いて床にしぶきをあげている。深草の水は伏見の地下水へと清冽な流れとなっていく。
清明滝を後にすると、すぐに右手にカーブする広い道に入る。
夕方のはずの陽の光が白く明るく道に照り映えて目がちかちかとする。
足元には白いスズランに似た花が道のように並んで咲いていた。野原は柔らかな土でふかふかとしていた。
白い石が増えてくる。石は握りこぶし大の大きなもので歩きにくい。
良く見ると、白い石にはごまのような黒い点が入っていた。御所の周りに敷かれていた石だ。
白い石の原の中に、屏風のように薄く、高さは3メートルはある白い石が立っていた。
白い石は鏡のように全身を映しだした。
実留はどこかでこの大きな白い石を見たことがあると思った。
経丸が握りこぶし大のごま塩石を3つ取り上げた。
二人に渡す。
「これが通音石だよ。耳をあてて音が聞こえたらこの大きな石を見るんだ。音の周りの景色が見えるよ」
石から水の流れる音がした。
映画を観るように貴船の風景が映し出された。
人が歩いていく。何か話しているが、水音だけが聞こえてくる。
「話が聞こえないよ」
「これは、周波数が合う音だけを通すんだ。」
「経丸は昨日、貴船に行ったわたしたちの声を聴いたということは、私たちの声がその周波数に合っているっていうこと?」
「そう、めったにないよ。人の声が聴こえてくることは。」
実留と佳は携帯電話のように石を握りしめて音に聴き入った。
聴こえてくるのは、風が樹を揺らす音や水の流れや鳥の声だった。
「京都には他にも映像の見える石があるの?例えば、鞍馬山の頂上にも金星から落ちてきたという隕石があるけど、あれももしかしたら?」
「鞍馬は大昔に積んだ石が荒らされて残骸になっている。組みなおせば元通りになるよ」
「鞍馬の山の石を持っていると、チベットに行かれる地下道へ行かれるっていうけど、本当?」
「チベットだけではないよ。どこにでも行けるけど、かけらを持っていてもだめだ。ちゃんと石を組んでその中に入らないと行かれない。」
うわお~!
実留と佳は叫んだ。
「だから、今は行かれないけどね」澄ました顔で経丸は言う。
「あのさ、経丸はその石の組み方知っているんでしょ?」
「知ってる。」
すごい!二人は経丸の顔を驚いて見つめた。
「今、日本にはそういう石の建築物が残っているの?」
「わからないな。深草のことしか。でも、実留は知っているって親方が言っていた」
「えっ?わたしが?そうか!あの石のことね!」
今度は経丸と佳が実留を見つめて叫んだ。
「どこにあるの!連れて行ってよ!」
「東京の新宿にある抜け弁天だよ。経丸は来られるの?」
「うん!行かれる!」
実留は次の土曜日に二人を案内する約束をした。
ー伏見編 了ー