またまたこんな下世話なネタで飽きただろうけど
私からすると14兆円も行方不明にしておきながら
平然と民主党議員が国会で発言をしている事の方が
余程恥知らずと言うか、
犯罪者が平然と目の前に存在してテレビの前で顔を出せる
その神経とこの国のマスコミが其れを当たり前の様にしている方が
異常な国だと思うけどね。
あの猪瀬元知事の追求を見ているとどうして其れを
当時の民主党議員の復興大臣とかボランティア大臣?とか
関わった議員を追求できないのかと思うけどね。
日本国民は今も税金で取られているんだから
そっちを方を追求して取り戻して欲しいけど。
で、佐村河内氏の事件だけど、
此れは教訓として日本国民のお金が障害者に行くのだから
不正があっては困るので
其処は脳波検査は当然として義務つけられるべきでしょう。
つまり、最後の審査の段階で脳波検査の結果も持ってきて
始めて審査が通るということだろう。
私はあのテレビに出ていた老人の医師が態度を見て可笑しいと思ったら
脳波検査と言って今までに2回?年に2回?とか言っている辺りで
上端じゃないと思いましたよ。
まあ、障害者年金の申請の時に審査が通るのは脳波検査も結果もあってと
すると税金を出している日本国民としては納得ができるけどね。
現に不正が疑われている事例がこうやって出てきている時点で
其れは当然そうするべきです。
次に今度は当たり前の常識と思って知って欲しいのね。
原発ゼロに関して。
もう、良い加減にして欲しいと言う事。
基本中の基本で此れは大人の常識でしょう。
中学生程度が解る常識を書く。
★即時「原発ゼロ」は常識ではありえない。
何度も言うけど、核廃棄物の処分場も無い。
その解決すらできてないので「即時ゼロ」は無い。
★次の止めても稼働しても原発はお金が同じだけかかる。
★次に原発は金食い虫というが、現実に今の火力発電の燃料費の方が
現実的の高い。
★安全な解体技術が無い。
★解体した高濃度汚染産業廃棄物の廃棄場の確保の問題がある。
(汚染水でさえ処分できないのが今の現状)
◎上の常識を踏まえた上で
==============
「福島県、子供の甲状腺検査の結果を発表
福島県は2013年11月12日、「県民健康管理調査」検討委員会において、福島原発の事故発生当時に18歳以下だった子供の甲状腺検査の結果を明らかにした。2011年度から2013年度の3年間の間に検査を受け、結果が判定された約22万6000人のうち、甲状腺がんやその疑いがあると診断された人は59人だった。
一般に甲状腺がんは被爆後、4~5年後に著しく顕在化してくる。原発事故による甲状腺がんのデータはチェルノブイリ原発のものがあるが、現時点では福島のデータと同じ条件で比較することはできない。ただ一般論として考えれば、今回の調査結果はかなり深刻なものと捉えてよいだろう。
http://www.huffingtonpost.jp/2013/11/18/fukushima-chernoby-children-cancer_n_4294415.html
」
=============
↑やはり、事故が起きたらこうなるのである。
で、此処で冷静に考えよう。
まず、おなじ福島原発であの震災(津波だけでなく、地震が最初に起きている)で
わずか数メートル高台に在った原発はあの震度に耐えて通常に動いていた。
つまりより安全にできていたら、ある程度の震度では大丈夫であると言う事は
証明されたことになる。
しかし、その反面、当時の震度で耐えたけど、それ以上だとどうかは未知数である。
更に電気系統を更に充実させて、数倍の安全度に引き上げる。
更に耐震を強化すると言う事で現実的にはそれでも起きるリスクのための覚悟と
避難を民主政権がやった事を反面教師としてきちんと精査して計画を立て直す
事で、現在の課題を乗り切るまで稼働させるという方法を取り、
その間に太陽光パネルの普及、更に解体技術の確立等、
原発への依存度と原発解体し、なくす方法を作るのかと言う
現実を踏まえて、脱原発を目指すと言う方法がある。
少なくとも、太陽光パネルの普及は今できる技術で
国の決断でできる事である。
更に少ない電気でガス発電ができるのなら
家庭用ガス発電機の補助金を増やして普及させることも
今できる現在ある技術で原発依存度を減らす事になる。
様はそう言った事をしないでいるから
安倍政権の脱原発への行動が見えないのである。
それで原発を稼働させる事だけを言うのは
まるで電気会社のために存在して
国民の方を向いてないと見られるのである。
日本国民は冷静にどれだけ火力発電のために
お金がかかって其れが日本国民を苦しめる結果になっているのか。
そして糞馬鹿左翼があれだけ騒いで居たCO2に関して
同じ人間が何も言わない彼らの本性を見抜くべきである。
今現在の現状を生きるのと、未来のための何をすべきかの
両方を我々はして行かなければならない。
綺麗事で済まされない現実と其れを担って、未来を目指す能力を
身に付ける国でなければならない。