抜け弁天 その4 江の島岩屋ー東京SW
登り階段を右へ右へと巻きながらいよいよ奥津宮が見えだした頃、透明な風が深紅の花をつけた藪椿の枝を揺らしながら、実留たちの頭上を吹き抜けていく。
息が切れるほどの登りだった。風が気持ち良い。
登り切った階段は急な下りになる。一段と細くなった石の階段を降りると左手に岩屋に続く道が崖に張り付いていた。関東大震災で2メートルも隆起したという江の島は浮かび上がった海亀のようだ。その背中をやっと越えたようだ。
岩屋に入る手前には平たい岩場が連なっていた。
青い空には白い雲がむくむくと湧いていて、雲の高い重なりから太陽の光が一条くっきりと沖の海を差していた。
「天使の梯子だわ~きれい~」
実留と佳はしばらく青い海と空を眺めていた。岩場に止まっていた白鷺が飛び立つのを合図のように海の上に渡してある橋を岩屋へ渡った。
岩屋は相模灘の荒波で浸食された大きくて深い洞窟だ。江の島弁財天の奥ノ院であり、江の島観光の名所になっている。
「経丸 この岩屋はね昔から富士山に通じているという伝説があるんだ」
「それは、鞍馬の奥ノ院の金星の隕石と言われる岩場がチベットにつながっているという伝承と似ていますね。」
「そういえば、そうだね。」
「弁天様は水の女神でしょ。江の島に川や泉はあるの?」
「江の島にはないと言われているし水道を引くまで飲める水がなくて苦労したっていうけど。江の島は海の中だから、この島の回りの海流が水の女神にあたるんじゃないかな?」
佳も実留の考えに賛成して手をあげた。
「紋様が7つあると言っていたね。ひとつは島の周りに、ひとつは岩屋の中にあるわけだ」
「伏見でも感じたんだけど、江の島でもここまでくるのに右巻きに上がってきたような気がする。それに左巻きに下ってこなかった?ついでに島の内側にある洞窟が紋様を描く道になっていたらすごいなって思うよ。」
「そうだね。道が渦巻き状に造られていた。」経丸と直さんがうなずく。
「ええっ?」
「そうか!やっぱり!」
江の島の地図をひろげて四人は確かめる。
「あ!確かに巻いてる。道が渦状に巻いてるよ。右巻きで登ってきて、下りは左巻きだ」
「石の渦でひとつ。道でふたつ。山から海岸に降りて岩屋までの道でみっつ。4つめが岩屋の中の紋様か。すると、どこかに水の渦と景色を映し出すテーブルがあれば伏見稲荷と同じです。」
「『新編相模国風土記稿』には「龍穴の東に列在して第二・第三の窟を白龍窟と呼び、第四の窟中に龍池あり、第五の窟を飛泉窟と呼び窟中に滝がある」と書いてあるそうよ。泉となっているけど、地下水なのか海水なのかはわからないね。」
「泉だとすると水の渦だね。滝も滝壺があれば水の渦はあるね。」
「洞窟は第一と第二しか今は入れないのではないかな」
洞窟が大きく崩れてなくなったところがあるし、崩壊の危険もあるということで今は立ち入り禁止になっている。
「移動の仕方がわかれば行けるかもしれない」
第一の岩屋への入場料を払って中へ入る。だんだん洞窟が細くなっていき、人ひとりがやっと歩けるほどの狭さになり、列の一番前で地図を片手にした経丸が叫んだ。
「ここを見て!ほら、こうして見ると金色の紋様があるでしょ。」
身をかがめて前方を見ると岩壁の奥の一段とくぼんだ穴の中に渦巻き紋様が浮かび上がった。
「まず、ぼくがひとりであそこに立ってみよう。行けるところまで行ってくるよ。そしてすぐ帰ってくる。」
立ち入り禁止のロープを直さんは軽々とまたいで岩穴に入る。
紋様の中心に立った直さんの姿が消えた。まるで角を曲がったように消えたのだ。
実留は息を深く吸いなおす。息を5つ数えると直さんが現れた。
「崖下の黒い石の上へ行けたよ。」
実留は?マークがいっぱい浮かんだ。
直さんが、さっき時間の道って言ったばかりじゃない。朝8時でなければ道は開かないのではないの?
待てよ、電車だって行く場所と乗る時間で電車を選ぶ。抜け弁天から江の島の崖下まで来るのに朝8時だったからって、全部が8時の決まりだってことはない。
こんな易しい問題なら小学生にだって解けるのになあと、実留は緊張を解くように深呼吸する。のどがひりひりと乾いているのを感じた。
金色に見えたのは丸い石が地面の中にはめ込まれ水で光っていたのだった。
三人は直さんのそばに駆け寄ると崖下の黒石に移動した。
崖下の黒石の上で直さんが皆に告げた。
「抜け弁天に移動するよ。つないだ手を離さないで。実留さん合図をしたら抜け弁天をイメージして新宿の方向へ右回りに動くよ。」右に回ると四人は抜け弁天の植え込みの中だった。