抜け弁天 その6 箱根山 -東京SW
「ここからが肝心なんだけど、地図に丸をつけたところをこうしてつなぐと、人型になる。」
実留は北にある箱根山から南の抜け弁天へのまっすぐな道が頭から胴になる線をつないだ。抜け弁天から東西の道を腕として広げる。南に向かう四谷と新宿御苑へのふたつの道を両足を広げるように描き人型にした。
「わお、本当に人型になってる!」佳が歓声をあげた。
「東京が京都と同じエネルギーの流れを生かした都市だなんて驚いた。京都は京都御所を中心に人型の都市になっているんだ。大地が人型になるのは地球のパワーの結果だから、そのパワーを保つため道や川や谷を生かして都市をつくるとその都市は栄える。人型の上に作った京都の町は北にある連山の雲畑・貴船・鞍馬・比叡が頭になっていて、京都御所周辺が心臓部で京都駅は腰にあたる。伏見稲荷は左足になるよ。」
「ニューヨークのタイムズ・スクエアは昔からある獣道だったと言われている。生き物は大地に添って動く。風も水も火も、すべてがエネルギーの流れを産み出し大地も造りだす環境創生の循環だ。そこを歩くということは、自分がエネルギーの流れになるということなんだ。新宿の人型の道を全部歩いてみようよ。東京のエネルギーは何か法則があるんじゃないかって思ってはいたんだけど、京都と同じだなんて、すごいよ実留。」直さんが真剣に語る。
「京都は町が方眼になっているでしょ。だからわかりやすいけど、東京はもっと自然の地形を生かした都市を作ってきたんじゃないかな。」
「風水ですか?」理沙はおもしろいとわくわくしていた。
直さんが答える。
「今の風水と同じかどうかはわからない。大地には風や雨や雷などの自然現象が天然の川や道や場をつくり、その道や場にそって生き物が生活し動き、自然の一部になるんだ。大地が望むようにともに在ったのが人型だった。人が大地に沿って行動するのはエネルギーパワーを大地に刻み込むってことになる。人間の住む場所が人型になるのは大地が望んだことなんだ。」
「じゃ、パワースポットを人間がいっしょになって作ってきたってこと?」
「スポットはエネルギーの関節みたいなものだね。スポットをつなげていくとフィールドになる。だからパワー・フィールドだね。」
「パワー・フィールド!」四人はハモるように直さんの言葉を繰り返した。
「京都も新宿も規模の違いはあっても同じ考え方で創られた都市ってことだね。箱根山までこの地図で見ると近いですね。」
佳は立ち上がった。「箱根山に行きましょう。人型の上を歩いてみたいし、紋様を探したい。」
理沙は手早く片付け、店を閉めはじめた。
カフェ・ピエスから箱根山まで歩いて3分ほどだ。大久保通りを戸山公園へと渡る。横断歩道の右手には青々とした東の空が国立病院の向こうに開いている。左手には大久保駅へと抜ける下り坂が始まっている。坂の上から眺める西の空は明治通りに太陽が沈む用意を始め、うす紫の靄がかかっていた。
戸山公園に入り、抜け弁天を振り返ると、まっすぐな道が職安通りまで見通せた。
「なんて、まっすぐな道なんだろう!」
江戸時代の古地図にも厳島神社まで直線の道がある。
少なくとも400年以上の間、まっすぐな道があった。この道はニューヨークのタイムズ・スクエアのように太古から刻まれてきた道なのだろうか?
戸山公園のある緑地帯は戸山ハイツと呼ばれる集合住宅や高校・大学・病院・神社・公園が続き、新宿区の地理的な中央になる。戸山の緑地帯はめじろ台へと続き文京区の緑地帯へと続く。実留は自宅から緑地帯への散歩コースをいくつも作っている。箱根山は一番短い散歩コースだ。
戸山図書館を過ぎて、それまでまっすぐだった道は左へと大きな曲線を描きながら下りの坂道になる。実留は下りの坂道へと曲がらず、まっすぐに戸山ハイツへの細い道へと入り込んで幼稚園の左へと回り込んだ。
「まっすぐが箱根山なんだけど、この建物があってまっすぐに入れないところなの。」
幼稚園の正面門を過ぎて林に突き当たる。実留はかまわず林の中の草地に入り右に回り込んだ。すると、石垣で建物の下部を固めた半円の古めかしい建物があった。
「幼稚園とは思えない暗いイメージだね」佳は広島駅に降り立ったときに幻視した焼けただれた町を観たときの怖さを思い出した。あの怖さとは違うが全身に冷たいものが走る感覚っがこみ上げてくる。
「実留、この建物は何?」
「明治から第二次世界大戦までここは戸山ヶ原と呼ばれる軍事施設があったの。第二次大戦中は、戸山から大久保や百人町まで馬場や射撃場や軍人養成学校や病院などの陸軍施設があったのよ。この建物も陸軍施設かもしれないね。」
「そうか!戦争遺跡なんだね!なんだか寒気が止まらない。」
実留は佳の背中をそっとさする。
「戸山公園周辺を含めて戦争遺跡として保存される必要があるのよ。」
「戦時中は軍事に利用されていたんだね。幼稚園というのは平和な証拠だね。」
「そうして見ると、ほっとするわ。」
「箱根山の右手には大きな地下道があるの。早稲田に下る坂の途中に地下道が見える窓があったの。今はふさがれてみえないようになっているけど、大きなトラックが行き来できるような天井の高い幅広の平坦な地下道だったわ。この地下道は東京のあちこちにつながっているという都市伝説があるの。」
「それはいつ造られたの?」
「わかっていないわ。あれだけ天井が高くて広い道幅を掘るのは大きな機械でないと無理なような気がするけど、松代大本営の戦時施設として造られたまるで「地下帝国」のような地下街も手掘りで掘ったことを考えると、新しいともいえるし、ピラミッドや中世の城を考えると古い時代からあったともいえる。」
「その地下道は調べられないの?」
「国や都や区は調べる気がないわね。反対に隠そうとまでしているわ。坂をはさんで向こう側に国立感染症研究所が建設されるとき、大量の人骨が見つかったの。これを調べずに焼却処分にしようとしたし、その後、陸軍731部隊によって虐殺されたうえに研究サンプルにされた大量の人骨が3か所に隠されて埋められたという看護師さんの証言があるのに調べようともしない。まだ生き証人がいるうちに負の歴史遺産として保存したいね。」
「坂道の向こう側は人骨が見つかった時、地下道があったとしても埋め立てられてしまったかもしれないわ。けど、坂道の下の右手は早稲田大学の文学部キャンパスよ。国が秘密にできない場所だから、地下道はないという見方もできる。」
「箱根山を取り巻く地下道として作られた可能性もあるということだね。」
林はすぐにきれて、箱根山に登る丘の中腹の道にでた。梅の花の香りが漂っている。何十本もの紅梅白梅が山の斜面に咲き誇っている。右手に少し登ると箱根山を囲む丸い土道に着いた。