ひまわり畑を眺める一匹猫

招き猫

猫はただ、風に吹かれながらひまわりの花を観ていました。
まるで懐かしいぬくもりを思い出しているかのように。

地上の波season2 ①

自作小説

「さぁ、仕事も終わったし、メシでも食うか、千尋クン。今日はなんにすっかなぁ・・・」

「先月はビーフシチューのフレンチポテト添えでしたよね?この海鮮オムレツアメリケーヌソースって美味しそうなんだけど、アメリケーヌソースって何だろう?」

「それはな、エビの殻で取ったスープに生クリームを入れたクリームソースだ。普通はサーモンなんかをポワレしたものにかけるんだが、オムレツに使うなんて斬新だな。」

「アタシそれにする~!」

「何だよ!俺が頼もうと思ってたんだぞ!」

「同じのだっていいじゃないですかぁ。」

夏休みいっぱいのアルバイトの約束だった海野千尋だが(前作参照)、高校を卒業後ちゃっかりと言うか、ほぼ強引に八野武蔵調査事務所の本採用に漕ぎ着けてしまったのである。

それというのも、八野事務所の主力の営業である流し営業の本質にある。

流し営業とは、盗聴器の主要周波数を全て順番にスキャニングしながら、車で街中を流してゆく。そしてヒットした盗聴波から発信場所を特定し、住人に盗聴器の存在を知らせ、撤去依頼に繋げるという営業法である。

つまり、発信元の住人に飛び込み営業をかけるわけだが、営業が男性であるよりも女性である方が話を聞いてもらえる確率がかなり高くなる。

それはそうだろう、いきなり中年男性が「お宅に盗聴器が付いています」と言って訪問されても、多くの住人は不信感を持ってしまう。

しかしそれが若い女性だった場合、そういった不信感は大いに薄れる事になる。

つまりはそれまで男一人所帯だった八野事務所は、千尋の加入で流し営業での収益が飛躍したのだ。

果たして八野事務所は、今まで体験した事の無い月間25個という盗聴器撤去の実績を作り上げたのだが、千尋の夏休み終了と共にそれまでの鳴かず飛ばずの成績に逆戻り。

千尋にしてみれば、夏休みにかなりの額のアルバイト報酬を手にし、最悪は八野事務所に就職すればいいという考えで、その後の高校生活を遊びまくってしまった。

泣きつくように八野事務所を訪れた千尋だったが、八野も最初こそ迷惑な顔をしたが背に腹は代えられなかったようで、ついには本採用を選択してしまったのだった。

盗聴調査の業者のもう一つの仕事である調査の分野も、大きく2つに分けられている。

ある理由から盗聴器の存在を心配し、盗聴器の有無を一度調査してもらう単発調査。

そして、間違っても盗聴などされては困るという場所を定期的に調査し、常時安心出来る環境を得るという定期調査である。

当然この定期調査の契約をたくさん持っているほど、安定的な収益に繋がるのだが、八野事務所が契約をしている定期調査は、萩原証券という証券会社のたった一本だけだった。

それは八野が千尋と出会う前の1月の日、たまたま都内で流し営業をかけていた時、発見した盗聴波の発信元を特定したのが萩原証券だった。

その時の盗聴器の撤去料金を取らないという条件で、八野はこの証券会社から定期調査の契約を取り付けたのだった。

それから1年が経つのであるが、八野はこの定期調査を行った後、そこの社員食堂で食事をして帰るという習慣が出来てしまった。

それはこの社員食堂の料理のクォリティが高いという理由ともうひとつ、社員食堂の2人のスタッフが気に入っていたからだった。

社員食堂はたった2人で運営されていた。

一人はチーフコックの酒井霞(男性45歳、独身、バツイチ)。

もう一人はフロア係でメニュー構成などを担当している鮎川友子(39歳、既婚、2人の子供あり)。

友子は奇抜な発想で様々な料理を発案し、酒井の腕はことごとく友子のイメージ通りの料理を作って行った。

2人の仕事ぶりはまさに阿吽の呼吸だった。

温かい料理は決して冷める事は無く、冷たい料理はしっかりと容器まで冷えていた。

いつも笑顔で接客する友子に、キッチンの奥からも酒井の客に対する挨拶の声が聞こえてくる。

食堂内には埃のひとつも見当たらず、利益を追求しない社員食堂ならではの料金の安さも手伝い、食堂は昼時ともなれば社員達の熱気に満ちていた。

社員達は確実にこの食堂で鋭気を養い、午後の業務に向かって行くのだった。

八野は昼のラッシュ時を避け、13時を回った頃に毎月食堂を訪れるのだった。

それは忙しい酒井達に対しての思いやりでもあり、また、自分も酒井と友子との会話を楽しみたいと言う欲求もあっての事だった。

八野は酒井達に、自分は盗聴調査のための出入り業者であると言う事も明かしていた。

特殊な仕事であるがゆえ、酒井達も興味が湧き会話も弾むのだ。

「酒井さん、今日も忙しそうだったねぇ」

「あ、八野さんいらっしゃい!前にいらしてからもう1か月ですか・・・早いなぁ」

「友子さん、アタシと所長はこの海鮮オムレツアメリケーヌソースね!」

「あ、千尋クン!勝手に頼むな!」

「え~だって、所長もこれにするって言ったじゃん。」

「あ、まぁ・・・じゃソレね。」

「はい、かしこまりました。きっと千尋ちゃんも八野さんもそれ選ぶと思ったんだ。さっちん!海鮮オムレツ2ね!」

「こらぁ!お客の前でさっちんと呼ぶなよ!」

「いいじゃない、八野さんと千尋ちゃんだしさ。ねぇねぇ千尋ちゃん、あの人私の事何て呼ぶと思う?」

「わぁ~!何て呼ぶんですかぁ?」

「言うなよ・・・」

「あのね・・・」

「言うなってば!こらっ」

「あのね、ともちんって呼ぶのよ」

「きゃぁ~ともちん!」

「何で2人でちん付けなんだよ(爆)」

「あ~ちゃっかり所長も聞いてるし」

「本当に2人は仲がいいよなぁ。まるで夫婦みたいだ。」

「はい、海鮮オムレツね。八野さんはライス大盛り。アフターは八野さんはコーヒーで千尋ちゃんはミルクティね。」

八野も千尋も、この食堂のこういったフレンドリーな雰囲気が好きだった。

以前は父のいない食卓しか知らなかった千尋も、ここ最近は家族そろっての食事に変わった。そんな千尋も家族との食事とはまた違った楽しみを、この食堂で味わっているかのようだった。

「しかし、ここもいつも2人で切り盛りしなきゃならないのが、ちょっと大変そうだね。」

「ええ、だから来月から若い子が1人入るんですよ。洗い物や料理の盛り付けなんかを手伝ってもらおうと思ってるの。」

「へぇ、良かったじゃないですか。酒井さん、しっかり教えなきゃねぇ。」

「はい、ビシビシしごいてやりますよ。」

八野はこんなにいい職場で働ける若者が、本当についていると思っていた。

その時は・・・。