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蒼雪

日々感じたことを書いています。
なんとなく、徒然草。

ケルトとローマの息子

小説/詩

あることがきっかけで、ローズマリー・サトクリフの「ケルトとローマの息子」を読みました。
あることとは、私の過去ブログにある「見えない紹介状」を参照の事。

古代ローマ帝国とブリテン島が舞台の歴史小説です。
ローマ人でありながら、ブリテン島に住むケルト民族に育てられたベリックという少年が、自分の居場所を求めてさすらうお話です。

あらすじをまともに書くとここには収まらないので、「見えない紹介状」で書いたおおざっぱなあらすじを引用します。


主人公のベリックという少年は、赤ん坊のころローマの船が難破して奇跡的に助かり、ケルト民族に拾われたのですが、狩猟をなりわいとし、因習に縛られて暮らしている彼らに何かとよそ者扱いをされ、村に疫病が流行ったのをきっかけに、よそものだから災いを招いたのだと言われて、村を追い出されてしまいます。

なげき悲しみながら、自分の本来の血脈があるローマに居場所を求めて旅立つのですが、だまされて奴隷に売り飛ばされてしまいます。
買われたその家でさまざまな出会いがありましたが、その中でも当主の息子がすごく嫌な奴で、そいつから逃げた先で盗賊団の出入りに居合わせてしまい、ローマに連れ戻されて裁判にかけられ、今度はガレー船送りになってしまうのです。

ガレー船は、ベリックのような逃亡奴隷や犯罪者達が乗せられて、ひたすら櫂を漕がされる所です。
長く大きな櫂に2人一組で鎖枷に固定され、命令に従って漕ぎ続けます。
娯楽もなく、睡眠と食事は固定された自分の席でしかできない。トイレも風呂もない。
食事は粗末な豆と水だけ。
まさしく、海の上の地獄でした。

しかしそこで相方になったもう一人の漕ぎ手の青年と仲良くなり、つらい毎日でもなんとか生きる力を得ていたのですが、相方は重い病気にかかっており、ひどく弱っていました。
そしてある日、奴隷監督に殴られたのがきっかけで、命を落としてしまいます。

死んだりひどく弱ると、漕ぎ手は船の上からごみのように捨てられます。
相方もそうなったので、ベリックは絶望し、人間扱いしない奴隷監督に刃向います。
その罰で重いむち打ち刑を受け、瀕死の重傷を負ったまま櫂を漕がされました。
しかし身体がついていかず、ひどく弱って気を失った彼を死んだ者同然として、船は彼を海へ投げ入れます。

瀕死であったものの、生きようとする気持ちと、もう二度とガレー船に戻りたくない一心で泳ぎつづけたベリックは、育てられたブリテン島に戻ってきたのでした。

そして息も絶え絶えになったところを、最大の恩人であるローマ軍人、ユスティ二ウスに助けてもらうのです。彼は退役後、ブリテン島に土地をもらって永住するつもりでいました。
彼との再会で、ガレー船で身も心もぼろぼろになったベリックは癒やされていきます。
やがて彼と養子縁組することで、彼は自分の血筋とは違う異国の地で、同じ血筋の男と親子になり、自分の居場所を見つけるのでした。


ベリックはとても数奇な運命を背負った少年です。
彼の幼少期から受けた差別と流浪の日々は、平穏に暮らすわれわれには縁遠いように思われます。

けれど、この小説を読んだ誰もが、ベリックに自分のことを映して見るのではないでしょうか。
作品は大きく分けて四つの構成になっていますが、第一部の異民族での暮らし、第二部のローマ奴隷生活、第三部のガレー船収容、第四部の最後の居場所。
舞台は違えど、そこでの暮らしには人間が味わう悲しみも喜びも全てつまっています。

第一部では、自分ではどうしようもない理由で、それまで共に暮らしてきた人達や生活圏から拒絶される悲しみ。

第二部では、大きな希望はなくとも平穏に暮らせていたのに、降って湧いたように嫌な人間が目の前に現れ、自分を苦しめること。

第三部では、夢も希望もない絶望的な状況下で、理不尽な扱いを受け続ける悲哀…。そして大切な人とのつらい別れ。

第四部では、人をどこまで信頼すべきか、その葛藤。

誰もが人生で一度は味わうつらさや悲しみを、ベリックは十代の少年ながら全てを味わいます。
私達は奴隷でも異民族でもないけれど、彼のつらさは人生のどこかで味わってきたものです。
ベリックの物語を通して思うことは、古代ローマだろうと、現代だろうと、人間というのは何も変わらないのだということです。
人を傷つける残酷さも、いたわり、思いやる優しさも。
千年たとうと、何も変わっていない。それが人間という種なのだと、サトクリフ作品は教えてくれます。

これ以上人間は善くもなりはしない、という普遍性は、残酷な行為が横行し続ける現代に、逆にかすかな望みもつないでくれています。

どんなに悪がはびころうとも、善意というものもまた、人が人である証だからです。

立ち止まり、うずくまりたくなるような逆境の中、ベリックは決して生きる望みを捨てませんでした。それは決して、明るい希望に満ちた感情からではありません。

幾度も絶望し、悲しみに暮れるのですが、彼の身体に備わった生きのびようとする強い意志が、何度も彼を立ち上がらせます。
それは、嵐の夜にただ一人生き残った子としての宿命を思わせます。

そして、彼が過酷な運命を生き残れたのは、数少ないけれど珠玉の友や恩人がいたからでもあります。

まず、彼を嵐から救い育ててくれた、ケルト民族の育ての両親。
最初はいじめてきたけれど、拳で語り合って仲良くなった部族の少年カスラン。
カスランと同じ村で、一家言を持つ、盲目の老吟遊詩人リアダ。
奴隷として買われた政務官の屋敷の令嬢ルキルラと、奴隷仲間の馬番老人ヒッピアス。
屋敷から逃げた先で世話になった、元逃亡奴隷の女。
ガレー船で相方になった親友の青年、イアソン。
ベリックに出会ってから何度も彼を助けようとした心優しき軍人ユスティ二ウスと、彼に仕える夫人コルダエラ。
それから、ベリックと人生を歩んだ、かけがえのない犬や馬たちです。

どんなに苦しくつらい環境にいても、誰かが共感し、救いの手を差し伸べてくれる。
その事実に読み手は救われます。

今、私達が生きていて、ひとつもつらくないことなしでいられるでしょうか。
誰もが自分の置かれた環境で、何かしら悩みを抱えているでしょう。
明日に希望を見いだせないことだって、たくさんあるはずです。

それでも、毎日をただ生きていく人はなんと強いのでしょう。
何もなさずとも、絶望ばかりの人生でも、明日も生きようとする人の素朴な輝きは何にもまして力強いのだと、作品は無言で語ります。

ベリックは恩人ユスティ二ウスと共に生きる道を選びますが、そこに至る過程の最終章で、自分が最初に生き残ったときと似たような嵐に遭遇します。
その出来事を通して、彼は一つ一つ、背負ってきたトラウマ~業(カルマ)を昇華していくのです。
今まで彼を縛っていた呪縛から解き放たれ、ようやく彼は、ユスティ二ウスの傍らと、ケルト民族に育てられたブリテン島を、本当の自分の居場所として認めるのでした。

彼はまだ大人になる一歩手前の若者で、人生はまだまだ続きます。
またさまざまな困難が待ち受けるにしろ、読み手は確信するのです。
ベリックが得たその居場所だけは、永遠に彼のものであろうことを。


#日記広場:小説/詩

  • 蒼雪

    蒼雪

    2015/02/04 01:34:01

    ハルさん、コメント感謝です。

    あはは、それは何よりですw
    でもこのお話はもっと濃厚で語る所が多く、この行数でも足りないくらいでした。
    伏線とかもうまく使ってて、この人がここで活躍を~!というラストの展開とか胸熱です(笑)

    サトクリフ作品は、まるで目の前に映し出すように生き生きと古代の風俗や光景を描くので評判なのですが、これも訳が良いためか、読む方もベリックになり切って読むことができました。
    ベリックが奴隷市場で商品として見世物にされている場面なんて、ペットショップや家畜の競りにいる動物の立場そのものです。
    古代ローマ人や、その他奴隷を売買していた人は、こういう気持ちで人間を買っていたんだと、よく分かりました。

    この作品の一番素晴らしいところは、どんな苦境でも、必ず誰か助けてくれる人がいるということです。

    ベリックは生き延びる力がある子でしたが、彼自身明るい性格ではないし、希望や未来の展望はなかったんです。
    ただ、死にたくない、生きようと思って、その時にできる行動をしただけでした。
    でもそこからは、自分から何かしないと未来は変えられない、という事実にも受け取れます。
    そんな彼の姿に勇気をもらう人もいるんじゃないでしょうか。

    私ならたぶん、当主の息子に「岩塩抗送りにしてやる!」と言われ、そのまま送還されて完だったでしょうね(笑)
    ベリックは、送還される前夜に屋敷の物置に鎖に繋がれて閉じ込められるんですが、知恵と根性で窓から脱出するんですよ。
    美男子でもないし、わりと内気な性格なんですが、秘めたファイトは相当強くて、だから何度も立ち上がり、生き延びられたんだと思います。

    彼の打たれ強さ、お互い見習いたいですねw
    私としては、バクチのかたにガレー船送りになったベリックの親友イアソンも尊敬しています。
    苦境の中にあっても澄んだ心を持ち続け、隣人(ベリック)を癒したイアソン。そういう存在になりたいと思います^^

  • ハル

    ハル

    2015/02/03 19:53:13

    このブログを読んで、すっかり『ケルトとローマの息子』を読んだ気になっちゃいました(笑)
    とてもわかりやすく、濃厚でした。

    主人公ベリックは産まれてこのかた、困難だったんですね…
    なんて過酷…!
    その過酷な人生の中で、自分を理解しようとしてくれるひとがいることは、彼の財産なのですね。
    そこにはやっぱり、前向きに生きる、生きたいと思う力があるのですよね。
    タフだなあ…
    しかし、1,000年経っても人間は変わらないというのはなんとも…
    もしかしたら1,000年の昔も『今の若いモンは…』とオッさんは愚痴を言っていたと思うと、微笑ましい気もします(*´艸`)

    タイトルの『ケルトとローマの息子』というのは、ベリックそのもののことなんですねぇ…
    居場所ができて、本当によかった。
    私もそんな場所がほしいなあ…
    それはやっぱり、頑張らないと得られないんだろうなあ…

    私なら多分、ガレー船でポイされたところで完です(笑)