ありふれた日々 #1
ゴールデンタイムのバラエティ番組の傍らでは開けた窓から網戸越しにカエルの鳴き声が聞こえる。落雷を伴った土砂降りに潤いを得たカエルたちが一気に活気づいたのだろうか?
日曜日もこの時間になると頭の中が自然と月曜日に備えるのがわかる。
どうしょうもない漠然とした不安感。誰しも経験があることだろう。夏休みが終わる前の小学生の気持ちに近い。 明日からまた心理カウンセラー(そんな高等なものでもないが)のような仕事と、それに全く逆行するような超現実を見てドライな判断をしなければならない職務を両立しなければならないのだ。
彼の仕事はただの管理職。ただし実際は少し変わっている。これから描かれるのはどこにでもいる目立たない男の少し当たり前ではない出来事だ。
<月曜日>
朝 7:00 指定された駐車場に車を止め会社に向けて歩き始める。
梅雨入りしたとはいえ朝の空気はそれほどの湿り気もなく、気温が低い分過ごしやすくもある。
一様に無言で会社に向かう人たちの中に自分が業務をフォローしている大田桃子の姿を見つけた。 彼女はしばらく持病のヘルニアで休んでいたが最近復帰したばかりだと聞いている。お客様の注文を直接受け取る部署でキャリアを積みその分野ではかなりの信用を得ており、リーダーまで務めていたそうだが持病の悪化により毎日当たり前にお客様の対応をする部署での統率はできなくなったといういことだ。
それなりのポジションをいきなり奪われるというのはしのぎを削る社内において背骨を抜かれるくらい命取りになることはこの道で生きているものなら容易に想像できることだろう。そう簡単に”心機一転” とはならない。
遠目に見る彼女の足取りは心なしか他のそれとは違っており、まるで靴底に鉛を仕込まれているようで、気力だけで前に進んでいることを気取られまいとしているようだ。安っぽい物語の主人公なら陽気に声でもかけそうなものだが、ここで声をかけるのはNGだ。人は誰でも仕事に入る前のルーチンワークがあるものだ、マスコミは有名な野球選手のそれをあたかも凄いことのようにもではやすが別に凄くもなんともない。今見た限り彼女はそのルーチンワークが完了していないここで声をかけるのはあまりに無粋というものだ。 彼女を追い抜かぬよう距離をとって顔を合わすことなく自分のデスクまでたどり着く。
月曜日の朝自分のPCを起動して日曜日までに届いたメールをチェックするというのはまるで狂気に満ちたびっくり箱を開けるような気分だ。先週の金曜日は遅くまで働いていたため今朝自分を不愉快にするメール達は休み前に読み終わってしまったようだ、OUTLOOKの画面には新規を示すメッセージはなくほっと胸を撫で下ろす。
食堂で缶コーヒーを飲みながらその日のスケジュールを確認するというのが自分なりのルーチンワークだ。比較的軽やかに食堂への歩を進めている途中、ふと見た窓から真っ暗な休憩室のテーブルに突っ伏した大田桃子の姿を認めた。若干心配もしたが数分後に同じ状況であれば声をかけてみるかと思い通り過ぎた。そして数分後、休憩室には誰も残っていなかった。かすかな安堵とともに執務室の扉を開けた。