小人閑居して不善を成してやろうじゃないか

Joe

このつまらない俺に暇を与えてごらんなさいw

ありふれた日々 #6

自作小説

 最近新設された社内の食堂は200名程度が余裕で入れる規模もある、白を基調にした瀟洒なつくりでパステルカラーの椅子や明るい木目調のテーブルが落ち着いた雰囲気を醸し出している。複数で囲めるテーブルもあれば壁や窓に向かって座る二人掛けのカップル席ともいえる物もある。収容人数の割にそれぞれの間隔も広く社員のリフレッシュへの気遣いを感じる。そんな空間に身を置くことへの抵抗も最近は薄れつつある。11:30 午後一番のミーティング準備のために文一郎は少し早目の昼食を取ることにした。メニューも大して見ずに日替わりランチを頼み適当に空いた席に座り図書館で借りた 「千里眼シリーズ」を読みながら食事をつまむ。最近は下腹の肉が気になりご飯は半分と決めている。本を読みながら食事をするというマナー的問題のある行動も体育会系によくあるドカ食いを避ける目的もある。幸いおかずは文一郎の好きなチキンカツだった。

 「横山さん、ここいいですか?」

顔を上げると先の人事異動まで部下として働いていた沖室弘だった。文一郎とともに情報部門を担ってきていたが文一郎は営業、沖室は経理への辞令を受けたのだ。8年も一緒にやってきた仲でもあり沖室は答えをまたずに当たり前のように隣に座った。

   「異動先の部署はどう?」文一郎は自分の分身ほど目をかけていた後輩にさりげなく訪ねた。

   「部署が違うとさすがに文化が違うというか・・・まぁまだ慣れないですね。横山さんこそどうですか?最近は営業本部なのに通信販売本部のテコ入れをしているって聞いてますよ。」

  流石に元情報部員だけに早耳だ、しかも愚痴の一つでも飛び出すわけでもなく話をすり替えた。発言を含む情報の威力を知っているだけに新しい部署の悪口も控えているといったところか。

  「よく知ってるな、昨年から始まった通信販売は年末の混乱の影響が長引いているけどやっと持ち直してきた感じだ。ただ上層部からの信頼を完全に失ってるよ。これからは上との戦いになるかもな」 朝の出来事が脳裏をかすめる。上層部が在庫に疑いをもち小まめに監視していることも想像できる。問題は実状を踏まえず勝手な思い込みで指示し現場を混乱させられることだ。それは何としても防がなければならない。

  「今回の件もどうせ上の指示じゃないんでしょう?」文一郎は一瞬ドキっとした。確かに今回の件は混乱を極めた状況とそれを解消できないSCM本部の管理者を見かねて手を挙げたものだ。こいつにはさすがにばれたか。答える代わりに自嘲的な笑みを返した。

  「そんなことだと思ってましたよ。営業本部の人間が通信販売本部に入り込むなんて領空侵犯ですからね普通は疎まれますよ。まぁ横山さんならどの部署にいても違和感ないですけど。あはは」その後話は他愛もない近況に終始して「千里眼シリーズ」は全く読み進まなかったがこうして会話ができる関係が仕事をうまくいかせるものだ。文一郎は残り一口と決めた最後のチキンカツを口に放り込んだ。