小人閑居して不善を成してやろうじゃないか

Joe

このつまらない俺に暇を与えてごらんなさいw

ありふれた日々 #9

自作小説

「横山かぁ・・・」

通信販売部長藤原哲は無意識につぶやいていた。7年前自分に突然訪れた試練・・・今でもあまり思い出したくない過去を想起していた。

 

「藤原君。わが社は今までメーカーとして様々なアイテムを市場に提供してきたが、所詮は法人相手の商売で実入りも少ない。そこでオリジナルの商品を作って通信販売で売りたいと考えている。本社営業課長として素晴らしい実績を上げている君にぜひ通信販売を立ち上げるプロジェクトのリーダーをしてもらいたい」7年前の4月。年明けに生まれた息子の夜泣きのせいで毎日睡眠不足のために藤原は大事な営業会議で猛烈な睡魔と戦っていた。そこに来ていきなりの社長命令に完全に頭の中が真っ白になってしまった。

「ええ、あ、はい。頑張ります」 全く自体が呑み込めていないが寝ていたことをとがめられまいと返事をしてしまった。だいたい社長が口から出した言葉を否定できるはずはない。後で議事録を見て何を言われたか確かめればいい。会議は社長のその一言の後はお決まりの営業マンへのねぎらいの言葉で締めくくられた。会議室から自席に戻る途中に部下の一人が同僚と話しているのが聞こえた。

「藤原課長が通信販売を立ち上げるってことは俺たちも関わるのかな?」

「えー!嫌だよーだって通信販売立ち上げて自社商品で売るってことは今までうちの商品を売ってくれていたスーパーやコンビニが敵になるってことだぜ?」

「だよなぁ。それにやったことも無い事業の立ち上げプロジェクトをいきなり課長に丸投げなんてなぁ」

「まぁ、うちの課長は営業成績が5年連続トップのやり手だからな・・・なんでも器用にこなしちゃうんじゃない?」

「そうだよな、俺じゃ無理無理。あははは」

「俺もだよ。あははは」

 

藤原はもうそれ以上聞き耳を立てるのはやめた。目の前が真っ暗だ。常にトップセールスマンである自分がこんな試練にあうとは・・・通信販売を立ち上げるなんてどうやればよいのかもわからない。プロジェクトなんてものもやったことが無い。しかも部下の会話の通りでいままではうちの商品を棚にならばてくれていたスーパーやコンビニエンスストア、百貨店と敵対することになってしまう。軽々しく“通信販売をやろう”などと言われても困る。

それから1週間。社長命令など日々の忙しさの中で皆の記憶から薄れつつあった頃。藤原は近所の書店で買ったプロジェクト運営に関する本を読んでいた。1週間も経つのにまだ三分の一も読んでない。理解度は十分の一くらいか・・・。PMO? タスク?MPR? なんじゃこりゃ? とりあえずテレビ番組で特集しているみたいに人を集めてエイエイオー!ってはじめよう。いつも自己流でうまくいってきたし何もしてないってもの問題あるし。読みかけの本はデスクの飾りとして書類の束の下に滑り込ませた。

藤原は次週の水曜日にプロジェクト会議と称して自分の手足のように言うことを聞く部下を数名会議室に集めた。

 

「・・・ということでさ、通信販売を立ち上げることになったわけだ。お前らそれぞれ通信販売の企画を来週までに俺に提出な」

集めた部下は自分が育てた連中ばかりでこれくらいで十分通じているだろう。特に意見も無く第一回のプロジェクト会議が終わった。

 

次の週第二回のプロジェクト会議を行い部下から通信販売の商品イメージやインターネットの通販サイトのイメージが提出された。それぞれを比較検討しながら和気あいあいと意見が交わされて中々の盛り上がった。今までの顧客が手を出していない範囲に絞って通信販売を売り込む事で競合することを避ける事にした。来週の経営会議には上程できそうだ。やってみれば簡単じゃないか。こんな面倒はさっさと片付けて本業に戻らなければトップセールスマンの地位も危うくなってしまう。