ありふれた日々 #10
翌週行われた経営会議は新たに市場へ投入する商品の承認と地域への還元のために行われる会社主催の祭りに関する紹介などがメインで始終和やかな雰囲気で進んでいた。
そしてその雰囲気の中、自分の報告にある程度の自信を持っていた藤原は早く自分の番を終えて得意先へ出向きたかった。新しい店舗をオープンした祝いを競合のどのメーカーよりも先にしておきたい。できればそのまま夜の街での接待へと持ち込みたいものだ。まだ部の交際費予算を使い切っていない。使い切らなければ翌年の申請が厳しくなるから可能な限り使い切るようにと部長に言われている。営業本部が強力な力を持っているわが社ではこの理由から接待交際費は年々上昇の一途だが、営業本部は増税やシェアへの業況他社の攻勢対応のためとして財務からの追及をのらりくらりとかわして経費削減など眼中になかった。
「次は藤原課長からの通信販売立ち上げプロジェクトの報告です」
進行役の促しを受けて藤原は意気揚々とプロジェクターで映し出された自分の資料の前に立った。
藤原は通信販売のターゲットと商品、チームが作り上げたインターネット通販サイトのデザインなどを経緯や狙いを含めて説明をした。経営陣の反応もすこぶるよく、時にうなずきながら話に聞き入っていた。
説明が終わると質疑応答の時間だ、先ほどの反応からして辛辣な意見は飛んできそうにはない。だが、その想像は社長の質問で吹き飛んでしまった。
「藤原君、プロジェクトはリスクをどれくらい見積もっているかね?」
「リスクですか・・・プロジェクトとしては全力で通信販売を立ち上げるのみと考えております。」
「では質問を変えよう、通信販売を立ち上げるにはいくらの投資が必要でそれを何年で回収できるのかね?」
「投資や利益は・・・必要であれば経理に見積もらせますので次回の経営会議にて報告させていただきます。」
「プロジェクト体制と人選については進んでいるかね?」
「今営業本部で人選して進めております。」
「プロジェクトのスケジュールを見せてもらえないか?」
「先ほどご報告いたしました内容でご承認いただけましたら各部署で手分けしてできるだけ早く進めていただけばよいと考えていま・・・」
「よろしい、藤原くん。急にプロジェクトリーダーに任命して申し訳なかったと思う。プロジェクトはいったん仕切り直しだ。人選は私が自ら行う」
藤原は眩暈がした。穏やかだが実質的な首のすげ替え宣告だ。なぜ自分がプロジェクトを外されたのか?その理由は靄がかかっていた。社長も不満があるならそれを伝えるべきではないのか?それを踏まえて明確な指示を与えるべきではないのか?すべて丸投げしておいて自分の想定と外れたら切り捨てる・・そんな組織あってたまるものか!怒りの感情がふつふつと湧き上がる。自分の積み上げてきたものが経営陣の揃ったところで踏みにじられた。社長の直接指名のプロジェクトリーダーが2週間後には解任され、その当事者が自分だなんてとんだ恥だ・・・明日から部下にはどんな目で見られるのだろう・・・
その後、経営会議でどんな話がされたのか、何が決まって何がきまらなかったのか全く耳に入らなかった。時折こちらを見る経営陣の視線が憐れみを含んでいる様に感じてそれがまた居心地を悪くさせた。
俺はこんな視線を浴びる人間じゃない・・・。