小人閑居して不善を成してやろうじゃないか

Joe

このつまらない俺に暇を与えてごらんなさいw

ありふれた日々 #15

自作小説

翌日の夕方、藤原は昨日のミーティングスペースにいた。

当然目の前には横山が座っている。

「さて、始めましょうか」

横山は相変わらず颯爽と言い放った。

だが藤原は戸惑った。

「何をはじめるんだ?」

「社長からプロジェクトを取り戻すんです。今日中にプロジェクトの企画をまとめましょう」

「な、」藤原は戸惑った。あんな状態でプロジェクトを外され今社長はプロジェクトの人員を検討し始めているはずだ、今日中に突貫工事でまとめた企画で取り戻せるだろうか・・・だが、どうせ召し上げられたプロジェクトだし頼って相談した手前やっぱりやめたとは言い難い。

横山はそんな戸惑い気味な藤原に構わずきれいに拭きあげられているホワイトボードの左上に“目的”と書き込んだ。

「藤原課長、プロジェクトの目的はなんです?」

「そりゃあ通信販売の立ち上げだろう?」

「うーむ。じゃぁとりあえず」

横山はさっきの“目的”の横に 通信販売の立ち上げ と書き加えて話を続けた。

「通信販売の立ち上げが目的って違和感ありませんか?」

「でも社長はそういってたから他にはないだろう?」

「藤原さん、我々は企業ですよ。利益を求めるために集まっているんです。通信販売を立ち上げてどうしたいんだと思いますか?」

「・・・売り上げ増かな・・」

「そう!もちろんそれですよ!!それが大事!」

横山は大げさなくらいなリアクションで言い、先ほど書き足した横にさらに “による売り上げ増” と書き足した。 “通信販売の立ち上げによる売り上げ増”という目的が出来上がった。

「それじゃぁ目標はどうしましょうかね?」なんだか楽しげだ。

「そうだな、現在の売り上げが年間120億だけど、これから始める事業がいきなりうまくいくはずもないしなぁ・・・うーん10億・・いや自信ないなぁ」思案する藤原を笑顔で眺めていた横山がおもむろにいいはなった。

「80億にしましょう」

「!!そんな!いくらプロジェクトを取り返すためとはいえ現実味がない・・」

「これを達成するのは5年後です。」

「でも、どうやって実現するんだ?いいアイディアでももっているのか?」

「いいえ、そんなものありませんよ」横山は笑いながらいった。

「80億は私たちが実現するんじゃくて、会社が実現するんですよ」

横山は相変わらずニコニコしている。

そこにドアをノックする音、振り返ると自分の知っている数名の男たちが立っている。

経理の南条、生産の田中課長、ロジスティクスの佐田係長だ。

「私が招集かけておきました。みんなちょっと座ってー」

足りない椅子を一番年少の南条が別のミーティングスペースから引っ張ってきて5名のミーティングへと展開した。

横山は多くは語らず 「通信販売を立ち上げ5年後に80億の事業にしたい旨を伝えた」全員事前にある程度話を聞いていた様で質問はなく、それぞれ試案を巡らせているようだった。横山とほかの3人を交互に眺めるだけの自分がもどかしかった。

横山の説明の後はまさに怒濤の展開だった。

5年間でどのように80億にちかづけるか?

売りになる通信販売専用商品は必要か?

ポイント還元などの施策は必要か?

カード決済会社とはどのような契約をするか?

商品をストックする場所は?・・・

横山のリードで藤原以外の4人は実に生き生きとシステマチックに5年間のスケジュールと施策、必要なコスト、人員、経営や財務諸表へのインパクトなどを作り上げていった。横山は藤原にもどんどん話を振ってくる、営業系の話なら自分の得意分野だ、話に一生懸命についていくうちに実現できそうな気分になっている自分がいた。藤原自身も営業経験と知識を生かし販売戦略や売り込みのルート提案をした。ひとしきり話した後、素朴な疑問をぶつけてみた。

「こうやって考えた企画が本当に経営会議で承認されるかな?営業はほとんど乗り気じゃないんだぜ?」

それまで嬉々として話していた田中、佐田、南条の表情には若干の困惑が伺えた。皆それぞれの椅子に深く腰掛け天井を見上げたりテーブルの一点を見つめたりして思案しはじめた。場の雰囲気は壊したくはなかったが、経営会議でちゃぶ台返しをされるほうがキツかろう。これでご破算になっても皆に迷惑をかけるよりはましな様な気がした。

藤原を含め意気消沈したような4人を眺めていた横山はそれまでになく語気に明確な意思が乗った声で

「目の前の儲けに手が出ないような経営陣であれば全員やめてもらいましょう」と言い放った。

この男の自信はどこから出てくるのか?しかも一課長に過ぎない横山が重役たちに辞めてもらうなど普通では考えられない発言だ。思いあがっているのか?だが、その一言で今まで沈黙していた藤原以外の3人の顔には明らかに活気が戻っていた。横山の過剰なまでの自信がまるで心臓マッサージのように彼らの鼓動をよみがえらせた様だった。