金木犀

彼女との時間

自作小説

 昔から人と関わるのが苦手だった。
僕はそれでいい、独りがいい、友達なんかいらない。それが僕だ。
高校生のときたまたま見つけた猫のたまり場に時々行くのは、つまらない人生に少しの癒しを求めているからだろう。
 ある日、その場所に一人の女がいた。
おそらく僕と同じくらいの歳だろう。見た限りでは地味な印象だ。
猫を撫でていたむこうも僕に気付いた。
「・・・。」
「・・・。」
気まずい。人なんて来ないと思ってたのに。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
沈黙が怖くなったのか、彼女は挨拶をしてきた。反射的に挨拶を返してやる。そしてまた沈黙。
こんな人間のことを考えるのが面倒になってきた僕は、彼女を無視していつもの様に猫の相手をすることにした。
「・・・あの、私最近ここに来るようになって」
訊いてもいないのに彼女は話し出した。
「それで、その、これからも来ていいですか?」
「・・・勝手にすれば?別に僕の場所じゃないし。」
ぶっきらぼうに答えたのに、彼女は嬉しそうだった。

 それ以来、僕があの場所に行くとたまに彼女に会った。
彼女は猫の相手をしつつ、僕に色々話しかけてくる。
僕は簡単な返事しかしない。それでも彼女はしゃべり続けるから、少しは相手をしてやるようになっていった。
 僕が思うに、彼女もきっと友達がいない。だからこんなところで会った僕に親近感でもいだいてしまったんだろう。
「私、友達・・かな?」
ほらな。同じ立場同士仲良くしようってことだろ?でも、お前は友達が欲しいんだろうけど、僕はいらないんだ。
「友達なわけないだろ、ただの知り合いだ。」
「そっか、じゃあ自称友達にしとく。」
そんなんだから友達出来ないんだろ。

 高校を卒業してからも、僕はあの場所に行った。彼女も来た。
「私、パート始めたんだ。」
進学も就職もしていない僕だったけど、彼女も同じだったらしい。でも彼女は働き始めた。僕の胸の奥がざわざわしている。先に進む彼女に見下され始めている気がする。
 しばらくして就職できた。あいつに出来るなら僕にも出来る筈だから、本気で仕事を探した。わからないことばかりで大変だけど、とにかく言われたことを覚えていくしかなかった。
「仕事場の人達と上手く話せなくて、なんで緊張しちゃうのかな?失敗も多いし、怒られてばかり。」
コミュ力無いのが治らないのは、彼女も同じらしい。
「話すことなんて後から出来ればいいだろうし、とりあえず仕事出来るようになればいいだろ。」
「そっか、そうだね。」
 僕は少しずつ仕事を覚えていって、失敗が減った。集中すれば仕事はそれなりにこなせることが分かった。でも相変わらずコミュ力は無い。
彼女の方は、まだ失敗が多いらしい。きっと要領が悪いんだろう。あと、とろそうだ。

 最近、同じ部署の女性が話しかけてくるようになった。外でコンビニ弁当を食べる僕の隣にやってきて一緒に弁当を食べたりしてくる。
「どうして僕なんかにかまうんですか?」
「言わないとわかりません?」
その女性は意味ありげに微笑んだ。

「それほぼ確で脈ありだと思うよ。」
相談する相手なんていないから彼女に話したら、変な答えが返ってきた。
「僕なんかを好きになる人なんているわけないだろ。」
そういう僕に彼女は笑った。
「あなたは優しい人だと思う、でもそれを表に出すのが苦手で、わかりにくいのかな。でもその人には分かった、そういうことなんだと思うよ。」
優しい?僕が?ますますわからない。

「好きな人はいますか?」
あの女性が訊いてくる。
「いません。」
「気になる人は?」
「・・・いません。」
満足そうに笑う女性の横で、僕は奇妙な気持ちを感じていた。
気になる人なんていない、ただ他に知り合いの異性がいないだけで、彼女の顔が浮かんだのはそういうことだ。

「僕といてつまらなくないの?」
ふと訊いてみると、彼女はそんなことないと答えた。
「私の話聞いてくれたり、会話してくれるだけで十分楽しいよ。それに、私はあなたの自称友達だし。」
「・・・友達でいいよ。」
思ったより付き合い長くなったし、別にいいかなと思って言ったら、彼女は大袈裟に喜んだ。
「いいの!?自称とっても?じゃあこれからは、あなたの友達、だね。」

 会社の女性に告白された。返事はいつでもいいと言われた。
まあまあ綺麗な見た目だし、性格も良さそうだし、僕を好きだなんていう人はそうそういないだろうからこれを逃してはいけない気もする。
これは大事なことだから、一人になってじっくり考えたかった。

 運よくその日、あの場所に彼女はいなかった。
何故考える必要がある?とりあえず付き合ってみればいいじゃないか。
でも普段自分に使ってた時間のいくつかを女性に使わないといけないのか。
そんなこと言ってたら恋人なんて出来ないだろ。
でもあんまり自分の生活を変えたくない。
あの女性の何が不満なんだ?
別に不満は無い。むしろ僕なんかにかまってくる数少ない女性だ。僕にかまうのなんてあの女性か彼女くらいしかいない。
彼女のことは忘れよう。あの女性と付き合うなら、彼女とは会わない方がいいだろう。この場所にも来ない方がいい。
別に会いたくて会ってた訳じゃない。僕は猫に会いに来てたんだ。
 周りを見渡して見る。時間帯が違うのか、今は猫もいない。いつもなら数匹の猫がいるのに。
その中の一匹を撫でながら、彼女が話しかけてくるのに。
・・・・・あーもやもやする。

 結局面倒になって、断ってしまった。
僕は今までと変わらない生活を、恋人で変えたくない人間なんだとわかった。きっとそうだ。
告白されたけど断ったと言ったら、彼女はちょっと驚いた顔をしたけど「そっか、勿体無いねー。」と猫に言って笑った。
 僕のこの生活を変えなくていい相手となら、付き合ってもいいかもしれない。