小人閑居して不善を成してやろうじゃないか

Joe

このつまらない俺に暇を与えてごらんなさいw

ありふれた日々 #16

自作小説

翌朝、藤原と横山は 利用目的に“臨時経営会議” と書かれた会議室の前に立っていた。

昨夜の話は横山が一夜にして5枚のパワーポイントにまとめ上げていた。経営会議に使う資料は5枚までと決まっているからと横山が教えてくれた。経営会議メンバーは社長、管理本部長、営業本部長、生産本部長、開発本部長および、経理部長、営業のマーケティング部長、営業部長、生産の計画・調達部長、ロジスティクス部長、開発の設計部長、研究部長の12名から構成されている。特に開発本部長は大手から引き抜いたやり手らしく経営会議では最も新参ながらかなり影響力を持っているらしい。前回藤原がプロジェクトを外されたときは出張だったらしく顔をみたこともない。否応なく緊張する。営業という職業柄罵声や怒号には慣れているつもりだが、重役に囲まれるというのはどうも慣れない。前回の出来事がさらに緊張を高め、口の中の水分がどこかに行ってしまったようで喉の奥が貼りついて思うように息もできない。

隣の横山をちらっと見やったが特に緊張した様子もなく扉の前に立ったかと思うと必要以上の力で3回ノックし、間髪入れずに扉を押し広げた。それまででは想像できないような粗野な振る舞いに驚いたが横山は全く気にする様子もない。

「失礼しまーす」これまた必要以上の大声と笑顔でそういいながら臨時経営会議の場に足を踏み入れる横山につづいて「失礼します」と小声で発しついていく自分がいた。これじゃぁ完全に“お供”だ・・・ 

横山の態度が経営陣の逆鱗に触れまいかとドキドキして座した経営陣の表情を伺った。ほとんどは顔を知っている経営陣だが、顔をみたことのない人物が一人、苦虫をかみつぶしたような顔をして横山をにらみつけている。神経質そうな顔だちに比率としては白髪の多い髪をオールバックにしている、あれが開発本部長か・・・藤原がそう思うと同時に開発本部長は横山に向かっていきなり敵愾心をあらわにした。

「こんな早朝にいきなり重役を呼び出しておいて静かに入ってこれないのか君は!」

どうやら臨時経営会議を開かせたのは横山本人らしい・・・

「あ、桝友開発本部長!お初にお目にかかります。業務推進部の横山です。この度はご足労いただきましてありがとうございました」横山は深々と頭を下げた。礼儀正しいが事前の罵声は全く気に掛けた様子がない。頭を上げると正面から桝友開発本部長と目を合わせた。

「でも、始業時間は過ぎておりますので問題はないかと思っております。」臆することなく言い放つ、横山という男がここまで度胸があるとは思っていなかった。桝友の顔が軽く紅潮していくのが見て取れる。

桝友が何かを言い返そうとしたときに社長が後を引き取った。

「まぁまぁ桝友さん朝からカリカリしなさんな。今日の臨時会議は私の希望でもあるんだ。横山君が面白い企画を持ってきたのでね」社長は横山に笑顔でキューを出した。

会議室の前方のスクリーンに昨夜横山が作成した資料が映し出される。横山は5枚のスライドを簡潔かつ分かりやすくポイントを押さえて説明しながらも、ときおり冗談を挟み重役たちの笑いを誘った。まるで何かの興行を観ているかのようだった。重役たちは各々うなずいたり、ほぅ・・などと感嘆の声を上げたりしながら見入っていた。

一通り説明し終わると桝友が真っ先に口を開いた。「確かに面白い企画だが商品開発は結局開発本部に依頼するわけだろう?うちにはそんな遊びに宛がう人員などおらんよ。大体どんなものを設計すればいいんだね?もっと市場のニーズを検討してから話を持ってきたまえ」会議前に面目をつぶされているのを明らかに根に持っている。

「いえ、桝友さん」 横山は役職を抜いて “桝友さん” と名前だけで呼んだ。

「今回は先般仕切り直しになったプロジェクトの再提案に伺いました。この案でご承認いただければ各組織からプロジェクトメンバーを招集し、マーケットのリサーチはマーケティング部と開発本部の人間からなるタスクフォースに行ってもらいます。さらにメディア露出は営業部、モノづくりのライン設定は生産本部、売り上げ周りの処理や見立ては経理部の人員を投入します。ただし・・・」横山は続けた。

「会社のプロジェクトとして明確な目標は先ほどご説明したと思いますが我々の提案になにか不備などございましたら早急に修正いたしますのでご指摘ください」横山の返答には丁寧でありながら相手を圧倒する圧力を感じた。いくら経営陣とはいえども横山を含め儲けのプロセスを熟知した実行部隊の作成した資料を所見で反論できるはずもない。

「わかった。ひとまず提案を待つとしよう・・でも・・」

流石に桝友も居心地の悪さを感じたのか曖昧な発言で場を濁してごまかした。

「ほな、とりあえずこのプロジェクトをやるとして会社の売り上げアップ間違いなしやな」経理部長がおどけて見せて緊張した雰囲気から一転して会議室は笑いに包まれた。

「一度とん挫したプロジェクトだが、我々は提案のプロジェクトは支持する。リーダーは横山君でいいんだね。頑張ってくれたまえ」社長の一言は決定として会議室に響いた。

「いえ、リーダーは隣の藤原課長が適任と考えています。この提案も藤原課長の熱意から再検討されたものですから」横山は言い放った。せっかく和やかになった雰囲気に水を差したのは明らかだった。

一瞬会議室の時間が止まったかのように感じられ、藤原は自分のネクタイがきつくなったような錯覚を覚えた。手元に印刷してあった資料を再びめくりなおしながら社長は困惑気味に訪ねた

「君は何をするんだ?」

「乗り掛かった舟ですからPMOを引き受けます。」

Project Management Office プロジェクトを運営する事務局

社長はしばらく何か考えていたが納得した様子だった。

「わかった。頑張ってくれ。以上で臨時経営会議は終わる。」

経営陣一同はわらわらと席を立ち各々雑談を交わしながらそれぞれの職場に戻っていった。

営業本部長だけが影から苦々しく横山と藤原に視線を送っていたのを藤原は見逃さなかった。