ごま塩ニシン

脳活『為ブログ』446

日記

  花芽に寄せて。
 鉢植えのサクランボウが大分赤くなってきた。小粒なのだが、熟れてくると食べられる。プチトマトが順調に大きくなってきた。ゴウヤは三本植えているが、水をやり過ぎたのか、水やりのタイミングが悪かったのか、どうも三本の内、二本の育ちが今一なので心配だ。今日は晴天なので、何とか元気を取り戻してほしい。梅の実は大きくなってきたが、落下した実もあって、今後、どれだけ実を太らせるかである。

 アジサイの花芽がしっかりと出てきた。花芽は楽しみである。なんか、子供が育っていく感じである。悪い芽は小さいうちに摘み取れというが、いい芽は大事に育てていかなければならない。これは人間社会でも言えることである。新しい芽に寄せる期待は大きい。日本の指導者は、花芽を見つけているのだろうか。公費で贅沢な外遊をしていると、批判されているが、財政が火の車なのに、まるで他人ごとのように心を緩めていていいのだろうか。

 一体に日本国の花芽は何なのだろうか。俺こそ花芽ではないかと思っている人もいるかもしれないが、脚光を浴びない限り公にならない。ある意味、国に頼ったものから花芽は出てこないのかもしれない。政治家や官僚に育てられるようなものは途中で育ちが悪くなって、枯れてしまうのが多いのかもしれない。どうしても、公的栽培は予算に制約されるから、交付金という水が無くなれば、金欠枯れになってしまうのかもしれない。過去に予算の無駄遣いで枯れた芽が沢山あったではないか。

 それより、心の花芽を育てよう。気持ちの中でお花畑を作ろうではないか。

  • アメショ

    アメショ

    2016/05/02 14:51:33

    なんか、土足で、人の心に、入り込む的ではなく、
    ホントに、心が、枯れてると、花に水、 家も、使ってやらないと、朽ちる(くちると、思う、いや、学習した。
    ドラマとかで、本人に、会ってないけどの確認で、そいうい、場面を、たまーに、見せてくれる。
    そんだけ。