ありふれた日々 #17
「部長・・・藤原部長」
自分が高田に呼びかけられていることにしばらく気が付かなかった。あまりに詳細に7年前の横山との出会いを思い出していたものだ。そんな感慨にも似た感情を気取られまいと平静を装って聞き返した。
「うん?どうした?」
「横山課長がお見えです」
しまった。藤原は失態に気づいた。いきなり相手の懐に現れるというのは横山の常套手段だった。心の準備ができていない相手は完全に後手に回ることになり話のペースは横山に握られてしまう。ただの指摘に対して7駅先から一気に間合いを詰めてくるとは行動の速さには舌を巻く。高田の後ろ入口のカウンターの向こうに笑顔で手を振る横山の姿があった。“くえねぇやつだ”内心おもいながら手を挙げて応じた。
1時間後。結局自分の指摘は勘にすぎないことを思い知らされた。
この事務所には本社の様に会議スペースは潤沢にはなく、しかも唯一の会議スペースは今別の会議で使われている。仕方なく自動販売機コーナーのベンチに二人で横並びに座って話し始めたのだが、横山はすべての在庫の意図を覚えているのかこちらの質問や疑問点にはすべて迷いなく答えた。
「藤原部長の経験から何か引っかかるものがあったんですよね?」
普通のやつならこちらの言いがかりとしてすっきりして帰るところだがここからが横山は違う。
こちらの言動を正として接する姿勢は揺らがない。これがこの男に多くの支持者がいる理由かもしれない。
「そうだなぁ。今の売り上げ金額に比べて在庫がこんなに嵩んでいるのは持ち過ぎな気がするんだよなぁ・・・」
「なるほど、今は売り上げが予算比で10%ほど落ち込んでいますからね。確かに金額をみると多く見えますよね」その顔には若干の安堵が伺える。
「実は来週から製造ラインがメンテナンスのために2ライン程止まるんですよ。このラインの停止期間の生産量を作りだめている量と大よその過剰分が一致します。」
いつも簡潔でわかりやすい。しかも生産のメンテナンススケジュールまで把握しているとは、改めて舌を巻く。
「なるほど。それなら辻褄が合うな。理解できたよありがとう。」
いつも部外に敵をつくるじぶんだが、この男とのやりとりでは自然と礼が口をついてでる。
「いや、よかったです。経験豊富な人の勘って大事ですからね。わざわざお時間をいただきありがとうございました。」遠路をやってきた癖にそれを棚に上げて礼を言う。年下だが紳士とはこういう人間の事をいうのかもしれない・・・が、この男の違う面を見ている自分にとってはやはり少し恐ろしい相手だ。
横山は帰ってまた誰かの相談にでも乗るのだろうか?陽炎の立ち上る炎天下を颯爽と駅に向かって立ち去る姿を窓越しに見ながらそんなことを思った。低くうなる自動販売機からアイスコーヒーを選び飲み干した。「あいつとしゃべるとなぜかやる気がでるな」日々の業務の中でついつい怠惰になりがちな自分を再確認した。負けていられない。空缶をゴミ箱に投げ込み自分のデスクへ向かった。