小人閑居して不善を成してやろうじゃないか

Joe

このつまらない俺に暇を与えてごらんなさいw

ありふれた日々 #19

自作小説

#19

「最近のプロジェクトの進捗をどうおもわれます?」

興味深々といった無垢な顔で正面から目をのぞき込んでくる若者と対峙しながら

そういう仕事への情熱を持った若者はきらいではないと再認識する。かつて自分もそんな時代があった、先輩に疎まれながらも研究に没頭したものだ。

特に誰かと昼食をとることを望まない桝友は食堂の空いたテーブルで妻の作ってくれた弁当を開いて食べていたところだったのだが、フラっと現れた男が隣に座って話しかけてきたのだ。

 

「君が効きたいのは例の通信販売のプロジェクトかね?」

「リサーチはよくできているとは思うが我々研究開発部では時間がなくてね。特にプロジェクトに入っているメンバーはうちでもエース級だ。既存事業の仕事で手一杯だよ」

横山という男は深くうなづきながら同調している。

「たしかにそうですよね。最近は基礎研究なんかも力を入れられていると聞いてますしね」

なんだ、会社の各部署のことも多少明るいみたいじゃないか。と思いながら少し意地悪な気持ちが頭をもたげた。

「うちの基礎研究テーマはどれも事業への貢献度が高いものばかりだ。通信販売で目先の利益を上げるよりも何倍も重要なんだよ」あまりとげとげしくならない様に諭すような口ぶりで言ったつもりだがどう反応するか。意気消沈して尻尾をまくか?反論してくるか?見ものだ。最も反論してきても研究分野で私に太刀打ちできるわけがない。

横山は相変わらず興味深げに話をきいている。「現在の基礎研究の3年以内の成功率はどれくらいですか?」

でたたな。桝友はこの質問は予期していた。成功率の低さを突いてくるつもりだ。こんな時の常套句は決まっている。

「君ねぇ。基礎研究とはそんなに生易しいものじゃないんだよ。明日成功するかもしれないし数十年後かもしれない。だがそれが世界を席巻するようなものなら会社への利益は計り知れない」大体これで誰もが黙り込むしつこいようならもう少し専門的な話を付け加えてやろう。「大体現在行っている流動粉体中での紫外線殺菌についていえば・・・」言いかけて顔をあげると穏やかに手のひらをこちらに向けた横山がみえた。「私は3年以内の成功率を伺っています。今のお話しでは見当もつかないという感じですね。基礎研究に成功してもその後商品開発が必要になります。当社の商品開発は約半年ですから3年で基礎研究が成功してもその後のリサーチと商品設計で約半年、市場への投入もろもろでその後もう半年」つまり4年は利益につながりません。桝友さんのおっしゃるようにもし明日世界を席巻するような発見があっても来年までは利益につながりません。さらに言うとそういった技術はもろもろの権利保護などでさらに費用が増します。現在の基礎研究への投資額は把握していますが、それらの回収ができて初めて利益になりますので利益が出るのもさらに2年ほどかかるでしょうね。研究の成功率×商品開発の成功率を考慮するとそれらを利益増の中核施策にするのは得策ではないと思いますがいかがですか?」物静かだがここまで理詰めで詰め寄られると迫力がある。こいつは会社を知っている。いまさらながら嫌な相手だと再認識した。

苦い気持ちで反論を考えてはみたが、何と答えても切り返されてしまうだろう。

横山は静かにつづけた「桝友さんのおっしゃる研究の重要性は承知しています。なのでその研究が日の目をみるまでは会社は地味にでも儲け続けなければいけません。それが今回のプロジェクトなんです。成功率も高いのでエース級の人を投入してもらえばまず失敗はしませんので割のいい投資だと思いますよ」

明らかに説得馴れしている。見事に描かれたシナリオ通りに演じさせられたことに気が付いた。

「わかった。うちの人材に取り組みの時間をしっかり割くように指示しておくよ」そう答えるしかなかった。「ありがとうございます。ご期待にお答えします。基礎研究の方も早く形になるといいですね。じゃ、失礼します」深々と頭を下げて横山は去っていった。

 

横山は知っていた。桝友がプロジェクトメンバーに対して余計な仕事を追加してプロジェクトへの取り組み時間を削り、プロジェクトへの報告にも口出しをして直前で握りつぶしていたことを。ただし直接指摘すればプロジェクトメンバが不利な立場になってしまう。理論派で通っている桝友には理論で対抗して理解を促す。いたって単純なな理屈だが、自分のかかわる研究開発部にのみ興味がある桝友のような人間には効果的と言える。もう彼とは利害が一致した。これでもうある程度思いのままになるだろう。