脳活日誌659号
今日は市民マラソンの日。
10キロコースを走るマラソンランナーの列が寺院の境内を走り抜けていった。寒い空気の中を集団が走り過ぎていくと、こちらまで気分が温まってくる。正直、市民マラソンがあることは十分に承知していたが、寺院の中を通り抜けて行くコースだったとは知らなかった。観光客も少ないから、こんなコースも気分転嫁になるのかもしれない。私は法華堂へ参拝に行くつもりで寺院の境内に入ったのだが、マラソンの列に遭遇すとは思ってもみなかった。
毎年、12月には不空羂索観音へお参りしている。1年の締めくくりのようなものである。何故参るのか。これは、ある困った出来事が発生してから観音様へ頼みに行くようになったのであるが、事態が落ち着いたので毎年、御礼参りに参詣するようにしている。これは何年も継続している。気持ちの問題で、健康が許す限りお参りするつもりである。無神論者の私にも宗教心が出てきている。宗教団体に入るのではなく私が勝手に思っているだけである。
人は、何かの依り代を求めがちである。「依り代」はどんなものであってもいいのである。自分が、こうだと信じているものへの帰依である。俗にいう、イワシの頭も信心からというものである。自分では確信を持っていても、不安が出るものである。この時の心の安らげる場所がいる。神社であっても、仏像であっても、太陽でも月でも植物でもいい。心が落ち着けばいいのである。こうした思いで毎年、年末に出掛けている。今日は、たまたま市民マラソンの日と重なっただけである。験(ゲン)をかつぐというやつである。効果、効き目があればいいのである。