「失礼します！」…扉の前に立ち、大声でこう叫ぶのが体育教官室に入るキマリだった。扉の横にも【扉の前で気をつけ！大きな声であいさつを！】の貼り紙があった。

５人は一人一人叫んで入室すると、ゴリ山さんの前に気をつけの姿勢で並んだ。もちろん私語など許されない。下手にしゃべりでもしたらゴリ山さんの【ナデナデ】が待っているからだ。

【ナデナデ】というのは、ゴリ山さんが生徒の頭をナデナデすることからついた技で、グローブみたいな大きな手で頭をつかまれ、その怪力で頭を揺さぶられるといやでも頭を下げるしかなくなるというものだった。しかも、当然のようにつかまれてる頭には激痛が走った。

特にシローちゃんとマサミは実際に味わったことがあり、マサミが言うには、『頭の中でメキメキって音がしたよぉ』と、後日涙目で語ったほどだった。

マサミというのはあだ名である。名前は高岡賢二(たかおかけんじ)という。身長１５５ｃｍ、体重４０ｋｇという短身細身。小っちゃな体に加え、顔が競馬ジョッキーの松岡正海(まつおかまさみ)に似てることから付いたあだ名だった。

顔も結構２枚目で、タレ目が人受けを良くするのか、かなり女子に人気があった。しかも、松岡ジョッキーに似て運動神経も良く、特に体操競技をやらせると本物の体操選手かと思えるほどだった。ただし、ウチの学校には体操部がなく、せっかくの人材も生かせる場所がなかった。

シローちゃん、マサミと並び、その隣りにシンさんとリョウ、そしてタケシの順に並んだが、すぐにシンさんだけはイスに座るように言われた。

シンさんは、名前を佐々木真也(ささきしんや)という。この補習で一緒になったのだが、痩せた青白い顔色をしたおとなしそうな人間だった。それもそのはずで、タケシたちより一つ年上であり、病気で普通に通学できないためにこの補習に出ていたのだ。

本当ならもっとずっと頭の良い学校に行ける人間で、この学校に来ているのは家に一番近い公立校という理由からだった。この補習が始まる前に、シンさんだけは病気のために来ているということを参加者に知らされた。体が弱いということで、さすがのゴリ山さんもシンさんにだけは優しい対応を見せたのだ。

シンさんをイスに座るよう指示した時に、イスを持って来させられたのがリョウだった。

リョウはタケシと同級生で、名前は石橋亮(いしばしりょう)という。身長１７０ｃｍ、体重５５ｋｇのごくごく普通の体格をしていた。ただし、勉強が苦手なのには理由があり、リョウは親の仕事の関係で中学生までカナダに住んでいたのだ。おかげで国語と社会(特に日本史)はまったくダメだが、英語はペラペラだった。

絵に描いたような２枚目なのだが、なにしろ日本語が拙いために目立ってモテる様子はなかった。

リョウは同級生というのもあるが、タケシと一番仲が良かった。やる気のないタケシは、クラスにいる時もあまり他人としゃべったりしなかった。そんなタケシの隣になったのがリョウだった。

日本語が苦手なリョウは、タケシと目が合ったときに言葉ではなく笑顔であいさつをした。その時初めてしゃべってみて、リョウの日本語が拙いことを知ったタケシがクラスの連中にリョウのことを伝えたのだ。それが仲良くなるきっかけだった。

イスに座ったシンさんを前に、背筋を伸ばして気をつけの姿勢をした４人の姿がゴリ山さんの後ろの窓ガラスに映っていた。その姿は、まるで戦争映画に出てくる日本の軍隊のように見えた……

瞬間、ふいに「フッ…」という鼻息がもれた。すると、シローちゃんから順番にひじで小突かれ、窓ガラスを見るようにと目配せが送られてきた。そこには、シンさんと話をするゴリ山さんの後頭部が映っており、きれいな「＋」の形をしたハゲがあったのだ。

４人は、いっせいに下に視線をそらしたが、時おり、誰かが「フッ」と鼻息をもらすたびに４人の肩が揺れた。みんな笑いをこらえるのに必死になった。


※※つづく※※